No.38 四話 ~2~
いつもは噴水のある広場に大きな特設舞台が設置され、そこには人だかりが出来ている。俺たちは前もって一時間前に来たのにもかかわらず取り巻き達の外側に立つ羽目になった。それだけバルガ祭においてこの野蛮なショーが注目されているということだろう。
それでもイキシアは別に不満に思うことも無いようで、出店で買ったジャンクフードを片手に涼しい顔をしていた。その視線の先には舞台の上で奇声を上げる猛者どもが飛んだり跳ねたりしている。その彼女の冷めた態度を見るに喧嘩勝負には興味が無い様子。それもそうだろう。彼女はどちらかと言えば”本職”の人間である。こんなの茶番に見えて面白くともなんとも無いに違いない。
イキシアの横顔を見ていると視線に気づいた彼女はこちらを向いた。
「どうした?」
「いや。あんまり面白そうじゃないなと思ってな」
「そうでもない。今リングの上に立ってる二人はちゃんと急所を狙ってる。でももう少し捻りのある動きをしないと実戦では使い物にならないな。例えばさっきの腕の動きだがもっと右から捻るように動かさないと肘の隙間にこうして相手の左手が入るだろう? だからそれをさせないよう、こんな風に・・・」
思っていたよりかなり熱心に観察していた。自ら手振り身振りで解説してくれるイキシアを見守りながら俺は話半分にそれを聞くことにする。聞いたところで使いどころが無さ過ぎる。というかそこまで熱心に見ているならもっと態度に出して欲しいものだ。俺の対応もそれで変わるのだから。
「すまん。こんな話をしてもつまらないよな」
俺の態度で察したのかイキシアは話を途中で止めた。その通りだ、とも言いがたく俺は適当に話を濁した。
「それはともかく、お前から何か話したいことがあったのではないのか?」
アイリスといい、イキシアといいどうして俺が会いに来るとそうなるのか。日ごろの行いを改める必要があるのかもしれないなどと考えつつ俺は話の取っ掛かりを作ってくれたことに感謝した。イキシアと行動を始めて二時間経ってようやく俺は本来の目的を実行する。
「イド・リヴァーの事だ。」
イド・リヴァーの名前に一瞬身体を凍りつかせたイキシアもそんな予兆を感じていたようだ。小さく息をはき出してホットドッグを一口食べる。
「やっぱりその話か。いいぞ、話してくれ」
「大丈夫か?」
「泣き出したりはしないから安心しろ」
イキシアは冗談めかした言い方で返してくる。パン屋の主人にどやされては泣きながら帰ってきたかつての彼女を思うと今の成長ぶりには感慨深いものがある。きっとイドが生きていたのなら同じ事を思っているに違いない。
俺は一度のどを鳴らして本題に入った。
「まずイド・リヴァーが今回の事件に絡む前段から話をしないといけない。今から二年前、彼はマフィアと貿易商の二つの仕事を持っていた。その副業とも言える貿易商で成功した彼はその成功と見返りにある家族を貧困の淵に追い込んでしまう」
「ロイド商会・・・か?」
「その通り。マーセル・ロイドとニーシャ・ロイドの両親が経営していた会社だ。それを知ったイド・リヴァーは商売とはいえ自分のせいで不幸になってしまった二人の兄妹に罪悪感を覚え、金銭的な支援を申し出る。でもあの兄妹は断った。それでも義理堅く人情派の彼は影からあの兄妹を助け、一人で生きていけるようになるまで彼らを見守ると心に誓った。まるで聖人だ。俺には真似出来ない行為だよ」
「イドはそんな人間なんだよ」
イキシアは嬉しそうに目を細めて遠い過去を思い出していた。
「だが逆にそれが彼を殺すことになる。ある筋からロイド兄妹の兄、マーセル・ロイドが怪しげな仕事を請け負っていると聞いた彼は夜な夜な連れも付けずにマーセル・ロイドを尾行した。その先はあの研究室だ。そこで彼はマーセルの雇い主が帰ってくるのを待った。何故だと思う?」
「イドのことだ。本人にばれないように雇用主を話をつけようとしたんだろう」
「大体そんなところだ。でも、予想外のことが起こる。イド・リヴァーが部屋に入ったときマーセルは殺されていた。それを見た彼は銃を抜き、雇用主のデリンジャーを撃ったわけだ。そこで死に掛けたデリンジャーは魔術を使った」
「それでお前が生まれたわけだ」
泣き出しやしなかったものの陰鬱な表情を浮かべながらイキシアは空を見上げた。午前中には薄い雲が張っていた空は今では青一色の晴天に変わっている。今の気分と正反対の清々しさが嫌味のように思えるほど良い天気だ。
イキシアは鼻をすすって俺の顔を見る。
「ならお前がイドであってもおかしな話ではないんだな」
「生きたまま取り込んだイドとデリンジャーに関しては人格も残ってるみたいだが。でも俺とイドは別人。言い換えるなら多重人格みたいなもんか?」
「あー。そういう難しい話は結構だ。」
両耳を手で覆いながら言ってイキシアは残ったホットドッグを一口で口に収めた。とりあえず彼女の中ではこの事件に関して一応のけりはついているようだ。それならそれでいい。俺も心残りなくいける。
無理やり口に放り込んだものを一生懸命咀嚼するイキシア。童心に返ったのだろうか、その頬にはアイリスのようにケチャップがしっかりとついていた。なんだかそれが妙に可愛らしく見え、俺はその頬についたケチャップを指で拭い取る。そして指に乗り移ったケチャップを口に運ぼうとすると彼女は慌ててそれを阻止してきた。何もそこまで慌てる必要が何所にあるのだろうか。困惑する俺にイキシアは強烈な視線を送ってくる。
「汚いから、食べなるな」
「お前の口元ってそんなに汚いのか? 普段何食ってる?」
「そういう意味じゃない。とにかく食べないの」
子供をあやす母親の口調だ。俺は渋々指についたケチャップを地面に落とす。俺もそこまでケチャップが食べたいわけではないから諦めはすぐに付いた。
それを見届け安堵のため息をついたイキシアは自分の口元をハンカチで拭い、喧嘩ショーのプログラムを開く。そこには一番上から一番下まで全部で二十人以上の参加者の名前が並ぶ。もちろんトーナメント順。イキシアはその名前の中から目的の人物を探し出した。
「あっ、次だぞクレイマン!」
「次? もうそんなに進んだのか」
本音を言えば俺はここに居る人間の誰よりもこのショーに興味が無い。それでも何故ここに来たのかといえば、毎日のように食らっているあのローキックが俺以外の誰かに振るわれている所を見るためだ。そして改めて俺がどれほどタフで心の広い人物であるかを自画自賛するために来たのである。
大群衆が見守る中、リングの上に立つレフェリーが煽りを立てるように叫ぶ。
「さぁー。今日一番の注目の一戦。リングに立つのは丸太のように太い腕が自慢、豪腕のケッフェル。対して今大会唯一の女性出場者、かつ前回大会優勝者。またしても並み居る強豪を瞬殺するのか~!」
対戦相手に対して明らかに説明の文が長いような気もする中、リングに上がるのはよくよく見慣れたあの金髪少女。
「地獄の堕天使、アルマだぁぁぁ!」
そのネーミングセンスはいかがなものか。首をかしげる俺を他所に会場の熱気は跳ね上がり観客の歓声が最高潮に達したとき、アルマは腕を天に突き上げた。
第三十八回
ひときわ大きな出来事の後に来る、何気ない平和な日常を感じたとき不思議な喪失感を覚えます。そのセンチメンタルな雰囲気が個人的には好き。小説を書いていて、最後の数ページが、私にとってはそれにあたります。次回、最終回です。お楽しみに。
青六。




