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初めまして、クレイマン  作者: 青六
35/40

No.35 三話 ~12~

「・・・・・こんな時間に誰だ?」

「クレイマンでは?」

「いや、クレイなら外にある鍵の場所を知ってるはずだけど」

コップを机の上に置き、私は扉のほうへ向かった。一応念のために覗き窓から外を窺うが、暗闇が広がるだけで何も見えない。なんだか嫌な予感がする。私は施錠を外して用心しながら扉を開いた。

 扉の向こうは月明かりだけが処理場を照らし出し、それを背景に白い服を着た少女が一人こちらを見上げて立っていた。こんな時間にこんな子供が一人でこんなところまでやって来るとは思えない。私はその少女の顔を観察して一瞬で血の気が引いていくのを感じた。この子供は新聞で見たニーシャ・ロイドと瓜二つだった。

「お前っ・・・」

生唾を飲み込む私を見てニーシャ・ロイドは微笑んだ。

「お兄ちゃんは私の物なの」

お兄ちゃんとはクレイの事か。私は慌てて扉を閉めようとしたが、次の瞬間に夜の陰からやって来る大波に飲み込まれて部屋の中へと押し返された。体が浮いている感覚と同時に部屋の壁に身体を何度もぶつけ、床に叩き落される。あまりの衝撃に呼吸が止まり、嗚咽がこぼれて身体に力が入らなくなる。

「クッ・・・ソ!」

目を見開くが視界に星が飛んでいる。どちらが上でどちらが下かも分からない。吹き飛ばされたときに頭かどこかをぶつけたんだ。なんとか床を這っていると駆けつけたイキシアに引き起こされる。イキシアは早くも拳銃を片手に臨戦態勢だ。

「アイリス! どうしたらいい!?」

「逃げるが勝ちデス!」

さっきまでの熱弁はどこへ消えてしまったのかアイリスは机の下に身を縮めて隠れている。だがそうしたくなる気持ちはよく分かった。今のこの光景を見たら私だってそうしたくなる。

 ニーシャは排水溝で見たときよりもより禍々しく玄関から部屋の天井と壁にまでスライムのように張り付き、無数の目を開いて私たちを見下ろしていた。不気味な身体から伸びた血管のようなものが事務所の出口という出口を網の目状に覆い隠し、見慣れた私の事務所はあっという間に見知らぬ異世界へと変貌を遂げている。正直これは夢だと思いたい。だが、先日の傷が開いて酷く痛むことを考えると現実に居るようだ。

「あぁ。私の家が滅茶苦茶だ」

「暢気なこと言ってる場合じゃないぞ」

既に人とは言い難い姿になったニーシャは部屋ごと私たちを取り囲むつもりだ。そこから私たちがどんな運命を辿るのか、あまり想像はしたくないがそんな目に合うのは御免被りたい。

 イキシアの肩から離れ、私は机をひっくり倒す。

「机の裏に隠れろ」

「どうするつもりだ?」

「派手に吹っ飛ばす!」

私の言葉になんとなく想像が付いたイキシアはすぐに机の裏に隠れ、アイリスを抱きかかえた。

 それを見て私はキッチンのガス栓を引き抜く。後は火をつければ月まで吹き飛ぶような爆発が起こるはずだ。急いで机の裏に駆け込んだところでイキシアが拳銃でガス栓を狙って撃つ。

 一発、二発、と打ち続け、三発目を撃った次の瞬間とんでもない爆発が部屋中を轟いた。机の裏に居ても身体を焼くような灼熱が襲い掛かり、まともに目を開けていられないどころか呼吸すら出来ないほど凄まじい爆発だ。

 炎は爆発で部屋の四方に飛び散り、数秒とかからず壁という壁を焼き進む。想像していたよりも随分酷い結果になってしまった。やってしまった後に後悔という物はやって来るらしいが、本当にそうだ。焼けゆく部屋を見渡して真っ先に私が考えた事は立替の費用だった。

 下らない事はさて置き、黒く焼けた机をどけて魔物を見ると爆発で飛び散った身体を集結させて元に戻ろうとしていた。だがさっきよりも体が小さくなった分、外に逃げられる隙間も多くなっている。何とか逃げられそうな場所を探すが炎が回っていてそう簡単に出られそうにない。

「さぁ~て、どうしようかな」

「せめて次の手くらい考えて行動してクダサイ」

半分泣きべそをかきながらも偉そうにアイリスが言う。

「早くここを出たほうが良い。魔物よりも先に炎に巻かれる」

「そうしたいのは山々なんだけどね」

燃えるものが山ほど置いてあるこの事務所だ。火事になれば理想的なほどに火の手の回りが早い。既に私たちが逃げ出せそうな道は黒い煙を上げながら炎が立ち上っていた。

 だが、絶体絶命と思えるこの状況に予想外の助っ人が現れる。タイミングよく帰ってくるものだとは思うが、もう少しやり方があるだろう。家の壁を突き破って姿を現したのはイキシアの愛車のボンネット。壁が崩れて粉塵が舞う中、車の窓から見慣れた顔が手招きをする。自分の愛車の哀れな姿に大きく息を呑み絶句するイキシアを引っ張りながら私は車の後部座席に乗り込んだ。

「帰ってくるのが遅いぞ! 何時だと思ってる!?」

「昼寝してたら寝過ごしたのさ」

車を運転してる姿を始めて見たがクレイは慣れた手つきでギアをリバースに入れるとアクセルを全開で踏み込む。車は大きく上下し、事務所の中から出るとクレイのハンドル捌きと平行して街の道路に飛び出した。

「お前、運転上手いな」

「体験はなくても経験はあるからな」

意味の分からないことを言いながらクレイは格好つけて親指を立てた。

「クレイマン! この車一台いくらすると思っているんだ!」

口をパクパクさせながら急な状況の変化に興奮気味のイキシアが身を乗り出して助手席に乗り出す。怒るところがおかしいような気がするのは私だけではないだろう。クレイは困った表情を浮かべながらわりと余裕そうに「わりぃ」を連呼している。この表情は反省していない表情だ。

「やっぱり僕の仮説は正しかったデスネ!」

こっちはこっちで興奮しているらしく一人で黙々と独り言を呟いている。どうやら自分の仮説が正しかったことを誰かに褒めて欲しい様子だったので、一応流れ的に頭をなでると嬉しそうに口角を上げて猫のように喉を鳴らした。

「ところでクレイ、状況は分かってるのか!?」

ワーキャーわめくイキシアを押し退けて、私はクレイの耳元で叫ぶ。

 屋根とフロントガラスが砕け散ってオープンカーのようになった車は向かい風を直接受ける。そのせいでまともに喋っても声は聞こえない。だがクレイはハンドルに片手を添えながらもう一方の手で任せておけとジェスチャーした。どういうつもりか分からないが、勝算はあるようだ。ここはひとまずクレイに任せるのがいいかもしれない。私は黙って後部座席の背もたれに寄りかかった。

第三十五回

お兄ちゃん、と兄を呼称する妹は大抵ヤバいと思っています。個人的な偏ったイメージですが。この世に兄と仲良しな妹などいるのでしょうか。想像もつきません。いや、想像はしますけどね。次回をお楽しみに。


青六。

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