No.32 三話 ~9~
次々に屋敷の中へと運び込まれてくる本の山を何とか埃だらけの倉庫に押し込めることに成功し、私は胸を撫で下ろした。一見そこまで数は無いと思っていたが運び出してみると百や二百では済まない数の術書や、怪しげなオカルト本、歴史書などがそれこそ山のように出てきた。ファミリーの半分以上を動員しても運び出すのに半日かかるほどの量だ。それでも何とか今日中に終わることが出来たようだ。
肉体労働で疲れ切った私たちを横目にアイリスはひたすら運ばれてくる本を貪り読んでいた。本を開くたびに舞い上がる埃も気にせず、紙の上に印刷された文字の羅列を黙々と頭に叩き込む姿は尊敬にあたいする。
ファミリーの皆が各々仕事を終えて散っていく中、私は倉庫の扉をノックした。
「一応これで全部運び込んだが、まだ何かあるか?」
「無いデス。今のところは、デスガ」
視線を本に落としたまま気持ちのこもっていない返事を返す。それほど集中して読んでいるということだろう。邪魔するのも悪いと思い立ち去ろうとしたとき、ふとアイリスが顔を上げた。
「イキシアサン。人間には一人当たり何枚の爪があると思いマスカ?」
突拍子のない質問に私は自分の指先を見た。
「両手で十、両足で十だから二十枚だ」
「正解デス」
「で、それがどうした?」
「皆さんが研究室の本を運び出している間、僕は部屋に落ちていた爪を集めてみマシタ。始めは興味本位で集めていたのデスガ、これが面白い結果に繋がりマシタ」
アイリスは本を読み進めながら爪の入った小瓶を机の上に置く。当然それはあまり気持ちの良い物ではなく、固まった血に塗れていたり大きく形がゆがんでいたりするものが幾つも積み重なり山を作っている。それをわざわざ興味本位で集めたのか。考えただけで背中がぞっとする。
しかしアイリスにはそんな感覚は無いようだ。瓶の中の爪がよく見えるように軽く振る。
「あの部屋には爪が四十八枚も在りマシタ。これがどういうことか分かりマスカ?」
「あそこで少なくとも三人は死んでいるということか」
「そうなりマスネ」
「そもそもあの地下室はどうやったらあんなことになるんだ。私には見当もつかないが」
「十中八九魔術デス。きっと僕も知らないような特別なものデスネ」
一人で腹の底からこみ上げてくる愉快な気分を口元に零しながらアイリスは本の頁をめくる。本人は気づいていないようだが見ている人が人なら警察に通報しかねない表情だ。この年でこれなのだから大人になったら第二の『デリンジャー』になりかねない。何とか普通の人に更生させる必要がありそうだ。
「とにかく今は魔物やその魔術の謎を解く必要がありマス。しばらく一人にしてクダサイ」
アイリスはそれっきり私の方を見ることもせず、本の山の中に潜り込んで行ってしまった。そもそもこの本をすべて読むつもりなのだろうか。だとしたら何ヶ月もかかりそうだが。
入り口の側に積み重なる本の一冊を手に取り、中身をめくって見るが訳の分からない文字が並んでいて読む気もうせてしまう。出来れば早めにこの件の方をつけて欲しいものだ。いつまでもその調子で屋敷をうろつかれてはファミリーが不気味がる。
本を元の場所に戻して私は埃だらけの服を脱いだ。緊張しながらの労働で身体は早くも睡眠を欲していた。シャワーでも浴びて横になる事にしよう。
三十二回目
ちょっと短め。語り手の視点が変わるので、そこを区切ると短くなる…。第三者視点のほうが無難にまとまる気がします。
青六。




