No.31 三話 ~8~
死体処理場から病院まではアイリスを拾った商店街道を抜け、さらに先にある街一番の大通りを進む。この大通りには路面電車なんて洒落た乗り物が行き来していたり、庶民にはなかなか買えない車が走りまわったりしいている。ここまで来ると随分雰囲気が違い、高い服を着た貴婦人や外国から来た観光客など一般的に言う金持ちたちを大勢見ることが出来た。
道に面した立派な建築物には銀行や宝石店、ブランド物を扱う店が立ち並んでいて落ち着かない。歩道に沿って並んだガス灯と並木が邪魔臭い気もするがこれがきっとお洒落というものなのだろう。まったくもって不必要にしか思えない。暗くなったら家に帰ればいいのだ。それが生き物としての正しい生活に違いない。
交差点に立つ信号旗を振るうおじさんと挨拶を交わし、俺は通りの向かい側へ。病院の外見は決まりきった白いペンキを塗った安っぽいものだ。綺麗に四角形を模って赤十字の印の部分が目立つようにそこだけが頭一つ高くなっている。戦争が起こったときに爆撃されないようにとか、遠くからでも病院だとすぐに分かるようにとか、いろんな説はあるがきっとデザインするのが面倒くさかったからじゃないかと俺は思っている。
病院に住む患者の心療治療のためか病院の庭には芝生と昼寝するにはちょうど良さそうな木陰のできる広葉樹が数本並んでいた。その横を抜けた先に病院の入り口。消毒液のにおいが今にも漂ってきそうな気がする典型的な病院の出入り口だ。
俺はうろ覚えのアルマが居た病室を思い出しながら玄関をくぐった。清潔感のある待合室兼用のホールには長椅子がいくつも置かれ、教会の礼拝堂を思わせる。もちろんそこには包帯を巻いたおっさんや、熱っぽそうな子供など協会に行く暇も余裕もなさそうな人間ばかりが座っている。
「キャッ!」
前方不注意でうろついていた俺は短い悲鳴を聞き、直後に誰かとぶつかった。相手のほうが小柄だったせいで俺は少し仰け反る程度だったが、相手は派手に床に尻餅をついている。相手はどうやらこの病院の看護婦だ。俺はすかさず相手に駆け寄った。
「悪い。怪我ないか?」
差し出す手にお尻を払いながら立ち上がる看護婦はこの前会ったあの看護婦だった。お互いに気が付いて気まずい雰囲気になるかと思ったが、予想に反して看護婦は明るい表情を見せる。
「あっ、よかった。貴方、ニーシャ・ロイドさんの親族の方ですよね?」
「・・・・・?」
「あれ。違いましたっけ?」
すっ呆けている看護婦だと思ったが、よく思い出すとアイリスのやつがそんな事を言ったような気がしないでもない。俺は慌てて首を縦に振った。
「えっ、えぇ。兄妹です」
「さっき病室を見に行ったらニーシャさんが居なくなってしまって。どこに行ったのか心当たりは在りませんか?」
病室から居なくなるなんてどこかの死体処理場の女主人じゃあるまいし、なかなかない事だろう。そもそもニーシャ・ロイドは植物状態じゃなかったのか。
「それって本当にニーシャ・ロイドか? アルマの間違いじゃなくて?」
「アルマさんも消えてしまって、病院中大騒ぎになってます。それに加えてニーシャさんまで消えるなんて。あっ失礼しました」
「いや、構わないけど」
やや愚痴っぽくなったことが失言だったと思ったのだろう。看護婦は口に手を当てて深くお辞儀をした。
「アルマの方は家に帰ってるから平気だ。それよりニーシャは一体どこに?」
「それが病院中を探し回っても見つからなくて。一人で歩き回る事はないはずですが」
「あの状態ならそうだろうな」
虚ろな瞳に弱弱しく垂れた頭が今でも簡単に思い出せた。話しかけても反応せず、自ら行動も起こさない。ただ生きているだけで植物のように受動的な状態だったニーシャが消えてしまうという事は、誰かが連れて行ったと考えるべきだろう。
しかし、頭の中で何かが引っかかっているような気がした。それはアイリスの一言。
『死んでマスネ、その人』
という言葉だ。それに『ニーシャ・ロイド』の名前を出したときのアイリスの態度も気になった。もしかしたらこれも魔術絡みの事件なのかもしれない。とすると俺自身の秘密に繋がる何かが分かる可能性もある。
「事情は分かった。こっちでも探してみる。見つけたら連絡するよ」
「お願いします」
また頭を下げて走り出す看護婦の背中を見送り、俺は嫌な胸騒ぎがしていることに気が付いた。これは地下の研究室に入る前に感じた感覚とよく似ている。経験からしてこの予感は良く当たるんだ。人探しをするなら他の仲間の手を借りるのが一番だが、できることなら他人を巻き込みたくない。これは俺の問題でもある。
大きな身震いをし、俺は覚悟を決めて病院の外に出た。
第三十一回
実は自分で読み返さずに作業的に掲載している回もたくさんあったりします。あれ? っと思ったらお早めにご連絡いただけると幸いです。毎日掲載しますので、小さな歪みが! なんてことになります。あぁ、恐ろしや。
青六。




