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初めまして、クレイマン  作者: 青六
29/40

No.29 三話 ~6~


 真夏の日差しが芝生の緑を眩しいほど鮮やかに魅せ、街を流れるフラエズ河が水色に煌いている。丘の下を走る汽車は煙を上げながら目的地へと大勢の人を乗せて線路の上を駆け抜けていく。優しくそよぐ風に導かれた蝉の声がますます夏らしい情景を演出しているようだ。

 芝生の中を進む一本の石畳の道。そこで少女は眩しげに大きな帽子を押さえながら空を見上げた。真っ青な空は気持ちのいいほど透き通っている。少女はその空を見つめながら大きく口を開けて歓声を上げた。昔から身体の弱いその少女は自由に外を歩き回ることも出来なかったのだ。ゆえにこの空を見て感動したに違いない。

「おーい。早く来なよ」

道の向こうで一人の少年が大きく手を振りながら叫んだ。少年は歳にしたらまだ十かそこらで、街の中ではあまり見慣れぬ小奇麗な格好をしている。ある程度裕福な家庭に育ったのだろう。

 その少年に呼ばれた少女は真っ白なワンピースのスカートを摘み上げて走り出した。少し走っただけで息を切らしてしまう少女は何度も休んでは何度も走りだして少年の後を追いかけた。その微笑ましい光景を後ろから見つめる二人の男女は彼と彼女の両親。睦み合い、お互いの顔を見合っては子供たちの背中を見守るその夫婦はまさに理想と言える。

 少女は呼吸を整えるたび、両親のほうを振り返っては嬉しそうに笑った。何時しか少女の到着を待ちかねた少年が迎えにやって来る。少年は少女の背中を優しくさすった。

「ごめんよ。急がなくても良いからゆっくり行こう」

少年は少女の手を取り一緒に丘の上へと進んだ。一歩一歩踏み出す少女の足元を確認し、よろめく彼女を支え、数歩ごとに顔を上げる少女とともに微笑みながら。

 丘の頂上が近づくにつれて少しずつ見えてくるとびっきりの絶景を少年は待ち遠しく思う。何故ならば青い空を見上げただけで歓声を上げた少女が、あの景色を見たときどれだけ喜んでくれるのか知りたかったからだ。そしてその喜びを一緒に分かち合い、笑い合うのが楽しみで仕方なかったからだ。

 頂上への一歩一歩を進んでいくにつれて少年は鼓動の高鳴りに気が付く。

「もうすぐで頂上だよ。目を瞑って」

「どうして?」

顔を上げた少女の額には薄っすら汗が浮かんでいる。少年はハンカチでそっと彼女の額を拭った。

「大丈夫。僕を信じて」

「うん」

微塵の不安も見せずに少女は目を瞑った。少年は彼女の両手を握るとさらに慎重に細心の注意を込めて頂上へと歩き出す。

 丘の頂上は綺麗に整地され、石灰岩で出来た石畳と展望台が作られている。一面緑の中にぽつんとできた真っ白な空間は、まるでそこだけが他の場所から切り取られてきたかのようだった。

 少年は展望台に少女を誘導すると耳元でそっと囁いた。

「目を開けて」

眩しげに目を開いた少女は瞬きを数回繰り返し、その景色を見た。

 芝生の緑の向こうに見える街は手に取るほど小さく、山間の向こうから流れるフラエズ河が徐々に川幅広く街の真ん中を抜けている。空に浮かぶ数個の雲が大地に影を作り濃淡の色合いを見せ、街外れの農園に並ぶブドウ畑の新緑と麦畑の黄金色が絵画のように景色に花を添える。河を下った先に広がるのは大きな大きな海だ。今まさに大海へと出航していく帆船と、その向こうから長旅を終えて帰投する最新の蒸気機関船が輝く水面の上を走っている。

 少女は口を閉じることすら忘れ、食い入るようにその景色を見つめた。首を大きく左右に振って見える景色の一つさえも見逃さないように、何度も繰り返し見つめる。

 言葉無く夢中で景色を見つめる少女の横で少年は実に嬉しそうに彼女の気の済むまで寄り添う。少女は興奮した様子で少年の手を握った。

「すごい! すごいよ!」

「そうだろ?」

「私たちの家は何処にあるかな?」

「ここからじゃ見えないな」

「じゃあ私たちの学校は?」

「たぶんあれじゃないかなぁー」

少年は目を凝らしながら指を指した。こんなところからでは見分けが付くわけもないのに少年と少女は楽しそうにやり取りを交わす。健気な少女はその指の向こうを必死で探していた。だがやはり見つからないらしい。

「分からないよー」

少し拗ねた様子で少年の腰に手を回し少女は言う。甘え盛りの少女を宥めるように少年は彼女の頭を撫でてやった。

「今度来るときは双眼鏡を持ってこよう」

「また来れるの?」

少年の言葉を聴いて顔を上げた少女は両目を大きく開き、瞳を輝かせる。

「僕が連れて来てあげる。約束するよ」

「本当に?」

「うん。本当だ。約束するよ」

少年は少女に微笑みながら約束を交わした。


第二十九回

この話は基本的に明るい部分が少ない内容です。私の中のイメージが常に夜であったりするので、鮮やかな世界とはまた別の雰囲気を出せるようにした覚えがあります。ただ今回の部分を除いては。今回の内容、ちょっと頭の片隅に残しておいてもらえると、後々お気づきになることがあるかもしれません。どうぞお楽しみに。


青六。

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