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初めまして、クレイマン  作者: 青六
26/40

No.26 三話 ~3~


 この季節になるとフラエズ河のあたりには下流から潮の香りを乗せた風が吹き込む。その風は普段浴びているものよりもずっと体を芯から冷やしていく。すっかり季節は移ろい、並木は黄色い葉を茂らして落ち葉をちらつかせていた。夏場ならこの通りは真っ青な空と緑緑しい広葉樹に彩られ、揺れる影の下に居るのがとても気持ちのいい場所だ。と言っても俺自身にその体験は無く、三人のうち誰かの記憶を頼りに思い出に浸っている。

「クレイマン」

俺はイキシアの声で現実世界に戻ってきた。

 肩を並べて歩くイキシアは通りに並び始めた気の早い出店たちを興味深々で見つめるアイリスを指差した。そういえばアルマの言っていた祭りがそろそろ開かれるころだ。俺も初めて見る出店に興味をそそられたが今はそんな気分ではなかった。

「おい、アイリス。これやるから好きなもん買って来い」

俺はなけなしのお金をアイリスに差し出した。なけなしと言っても何かに使うことも無いので別にかまわない。アイリスは一瞬信じられないといった表情を浮かべたが、こそドロのような手早さで俺の手から札を奪い取った。

「礼は言いマセンヨ」

「いや、そこは言っとけよ」

俺の返事を待たずしてアイリスは駆け足で出店へ走っていく。その後姿は年相応の女の子だ。イキシアにもそう見えたらしく、いつもはあまり見せない優しい表情を浮かべてアイリスを見送る。

 残された俺たちは河沿いの手すりにもたれ掛かった。冬を間近にした河は生命を感じさせない重たい色を写している。こんな時間により冷え込む河沿いにやって来る物好きなんて草々いない。俺たちの周りには地面を転がり引きずられる木の葉以外に何もいない。文字通り二人っきりというやつだ。

 寒いのか服の襟を立てて指を擦り合わせるイキシアを横に、俺は寒さに強いのかそこまで寒さを感じなかった。

「上着貸すか?」

「そういうのは黙ってするものだ」

何故か不機嫌そうにイキシアは言い、俺の体を風除け代わりに寄り添った。

「なぁ、クレイマン」

「なんだよ」

「お前は突然居なくなったりしないよな」

急に神妙な面持ちでイキシアは言った。顔は俺のほうを向いていない。楽しそうに店の店主と話をしているアイリスの姿を見つめているが、俺は彼女に見られているときよりもはっきりとした視線を体に感じた。

「首がなくなっても生きてるんだ。そう簡単に死んだりしねぇよ」

「そうじゃない。普通じゃないからこそ突然煙のように消えてしまいそうで不安なんだ」

「不安・・・か。それは『イド・リヴァー』が消えることへの不安か? それとも『クレイマン』が消えることへの不安?」

「意地悪な質問だな」

「そうでも無いさ」

俺はポケットに両手を突っ込んでイキシアの答えを待った。人の存在なんて実際あやふやな物だ。俺自身の存在があやふやであるように。

 日の傾き始めた空は淡い茜色と重たい紺色とが滲み合い、今日という日の終わりと告げる。それを見上げる俺にはそれが他人事ではないような気がした。

「人の存在なんていい加減なものだと思わないか? だって俺は自分が何者なのか分からないにもかかわらず今ここ存在してるし、俺が誰なのか分からないのにお前たちは俺を受け入れる。存在の裏づけが無いって事はその程度のことなのに、その程度のことに俺は惑わされる」

「哲学的だな」

イキシアは大きく息をこぼして肩を縮こませた。

「存在の裏づけなんてものは始めから無いんだろう。無いものに価値や重要性は付けられないのと同じで、無いものを無理やり在るものにしたところでそれに意味は無い。大切なのは今ここで必要とされていることだ。違うか?」

俺は紺色が広がり始めた空から視線を下ろした。そこで初めてイキシアと見詰め合う。負けん気の強そうな彼女の黒く大きな瞳に俺の姿が映りこんでいる。俺はその中に吸い込まれていきそうな錯覚を覚えた。なんだろう、今までない感覚に俺は慌てて目を逸らす。

「だとしたら俺は今必要とされているのか?」

「少なくとも私には」

イキシアに冗談めかしたところは無い。言葉の一つ一つをはっきりと言い切り、彼女は俺を見上げていた。

「なかなか上手い口説き文句だな」

「本音を言っただけだ」

顔を赤らめながらイキシアはそっぽを向いた。だが、自分の気持ちを素直に言ったからだろう。顔を背けはしたが俺との距離は空けようとしなかった。

 今まで観察してきた中で気づいたことがある。イキシアは冗談を言わない。直球のような性格で嘘をつくのがへたくそだ。だからなんだろう。他人の不安を共有するのがとても上手い。それが今の俺にとってどれだけ支えになるのか、自分で理解していないだけできっと俺は大分彼女に支えられているのだろう。俺はわざと茶化して話題を逸らしたことに罪悪感を覚えながら上着をイキシアの肩にかけた。

「アイリスのこと頼む」

「どこに行く?」

「事務所に帰ってクソして寝るわ」

俺の下品な冗談に一度眉間にしわを寄せたイキシアだったが、彼女はすぐに呆れ顔を作って俺を見送った。

 

第二十六回

フラエズ川という川はおそらく存在しません。登場人物の名前は曲から引っ張って来たり、昔のゲームから引っ張って来たりしますが、地名はインスピレーションでつけていきます。存在しない地域や気候を思い浮かべるので実名を使うとイメージが引っ張られてしまうからです。モデルの土地はありますが、それはあくまでモデル。ちなみにフラエズ川のイメージはモルダウという合唱曲から来ています。


青六。

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