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初めまして、クレイマン  作者: 青六
23/40

No.23 二話 ~11~


 不覚だった。研究室の円陣や資料、そしてあの山ほどの心臓からあそこで魔物が生み出されていたとこは分かりきっていた。なのにここに魔物が居るかもしれないという可能性を失念していた。何の抵抗も無く魔物に頭を咥えられたクレイさんがだらりと両手両足をおろして揺れている。あれではきっと生きてはいないだろう。

 僕はこんなこともあろうかと肌身離さず持っていた魔薬を取り出す。もともと魔術というものは念入りな下準備が前提とされる技術だ。即席で出来ることには限界がある。でも時間稼ぎぐらいは出来ると思う。

「二人とも逃げてクダサイ。僕が足止めをしマス!」

僕は振り返って叫ぶ。でも僕はこの二人が普通じゃないことをすっかり忘れていた。いや覚えていたつもりでいたけれど、ここまでだとは思っていなかったんだ。

 振り返ったときには既にアルマさんはランプを口に咥えて上着を脱いでいた。毎日の肉体労働で彼女の腕は細くもしっかりとした筋肉がついている。そして拳を握るとその二の腕に細い血管が浮き上がる。首を二度鳴らしたアルマさんは続いて拳も鳴らす。まるで準備運動をしているようだ。

「イキシア、援護しろ」

「言われなくても」

イキシアさんは服の下から拳銃を抜いて弾倉を確認、慣れた手つきでスライドを引く。いつもの優しいイキシアさんではなく、いわゆる職場モードに入っている声だ。

「待ってクダサイ。相手は魔物デスヨ!」

「あのハングマンを連れて来るだけだ。安心しろ」

アルマさんの言うハングマンとは首吊り状態のクレイさんのことだろう。彼を指差してアルマさんは冗談めかして言った。

「絶対にデスカ?」

「任しな」

僕の頭を力強くかき回してアルマさんは走り出す。魔物めがけて一直線だ。その後ろでイキシアさんが銃を構える。地面に肩膝をついて狙いを外さないように銃を固定しながら、リズム良く引き金を数回引く。軽い炸裂音が水路の中に木霊した。

 弾が魔物にあたったかどうかは分からないけれども、その音に反応して魔物は天井から排水路へと飛沫を上げて飛び降りる。

「チッ」

イキシアさんが僕の隣で舌打ちをして立ち上がった。そして迷い無く汚水の中に飛び込むと急いで対岸へ走り出した。

 そのころにはアルマさんが恐れも知らず魔物と格闘を始めていた。水路の深さは腰辺りまであってとても動きずらそうにしている。このままでは長くは持ちそうにない。

 僕は急いで研究室の中に走りこんだ。今から対抗魔術を組むのは時間がかかりすぎるから出来ることといえば魔物の口からクレイさんを助けだせる程度の何かだ。

 慌てながらも冷静に僕は部屋の中に使えそうなものはないか見渡す。魔物の性質は『虚構の存在』。つまり童話やおとぎ話に出てくる狼男や吸血鬼の類に近いとされている。それに効き目のあるものといえば。

 僕は迷い無く血まみれの銀燭台を手に取った。そして魔術の基礎は魔術師の血液にある。僕の血液では多くの触媒が必要になるが、師匠の血液ならばそれは要らないはずだ。僕はこの血が師匠のものだと感じた。いや、確かに師匠の魔力の波動が異常なまでに感じられた。

 研究室から飛び出すとずぶ濡れになったアルマさんが魔物に馬乗りにされている。イキシアさんは今にも銃を投げ捨てて飛び掛りそうな勢いだ。僕は急いで術式を読み上げる。

【汝業火にて己の身を焦がし、我の敵を焼き殺す者。その名はアグニ!】

魔術語とも言われる特殊な言葉を紡ぎ、僕は燭台を構える。手元に伝わってくる猛烈な熱さに術の成功を確信した次の瞬間、馬鹿でかい炎の剣が魔物を貫き対岸の壁に突き刺さった。湿った空気が一瞬にして乾ききり、暗い水路の中があっという間に真っ赤に照らしだされる。

『うああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』

魔物の叫び声が業火の轟きに重なり聞こえてきた。僕は思いもしない巨大な力に慌てて燭台を両手で握り締める。炎の剣は気を抜いてしまえば反力で照準が定まらずに暴れだしてしまいそうだ。

 次第に威力が衰えていく魔術の剣は燭台が真っ赤に溶け出してようやく効力を失った。手に持っている部分以外が真っ赤に溶け出して地面に落ちている。僕はもはや燭台とは言えないそれを水路に投げ捨てた。持ったままでいるとよくないことが起きそうな気がしたからだ。

 小さく浅い呼吸を繰り返す僕をイキシアさんが目を丸くして見つめてた。腰を抜かしてしまったのか女の子のようにアヒル座りをしているのがちょっと可愛い。でも腰を抜かしているのは僕も同じだ。

「座ってないでさっさと逃げるぞ!」

水路からクレイさんを担いで出てきたアルマさんの掛け声で僕たちは我に帰った。

「クレイサンは平気デスカ?」

「ご覧の通りだ」

荒々しく呼吸を繰り返すアルマさんが隠す素振りも無く、背負ったクレイさんを見せる。頭がなくなっていた。

「しっ、死んでマセン?」

「かもな」

頭がなくなっていたら普通死んでいるでしょう。でもアルマさんはまだそうとは決まっていないという顔つきで言った。

 対岸から駆け足で戻ってくるイキシアさんも首なしのクレイさんを見て少し驚くも、二言三言アルマさんと言葉を交わすと納得したように軽く頷いている。この人たちはいろんな部分で常識的ではないみたいです。

「急いでクダサイ。魔物はすぐに復活シマス」

「あれをくらってか?」

「魔物は存在の魔術デス。エネルギーがある限り元に戻りマス」

「よく分からんが急ぐか」

背負うのがだるいのかアルマさんはクレイさん(故)の片足を掴んで引きずりながら進む。いくらなんでもその運び方は可哀想だ。そんな僕の不安を他所に魔物は驚くほど早く復活を告げる。

 天井まで届く水しぶきを上げて起き上がった魔物はさっきよりも倍近い大きさに膨れ上がり、八つの足を水路中に伸ばして小刻みに震える。

『お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん』

魔物は十や二十では数え切れないほどの口を体中に作り出して同じ言葉を繰り返し続ける。狂気に満ちた光景だ。これにはアルマさんも開いた口がふさがらない状態だった。思わずクレイさん(故)の足を手放して呆然としている。イキシアさんにいたってはもう魔物のほうを見ないでブツブツと「これは夢だ。起きたら暖かいベッドの上で・・・」とか呟いている。そうなる気持ちも分からないでもない。でもこれが現実だ。

「アイリス、さっきの出来るか?」

視線を釘付けにしたままアルマさんが尋ねてくる。

「えっと、無理デスネ」

「なら逃げるか」

「それが良いと思いマス」

こんな状況になると自然に冷静になってしまうものだ。

 しかしその冷静さも魔物がゴキブリのような速さで迫ってきては吹き飛んでしまう。咄嗟に逃げ切るのが無理だと悟ったアルマさんは身を挺して私とイキシアさんを掴んで抱え込んだ。自分の体を盾にするつもりだ。

「アルマサン!?」

僕の声にアルマさんは優しく微笑んだ。直に見ていなくとも音で魔物がすぐそこまで来ているのが分かる。もう一瞬で僕たちは死んでしまうんだ。

 そう思ったとき、アルマさんの背後で誰かが立ち上がった。誰だろう。アルマさんの後ろにいたものは。


 クレイさんだ。


 ランプの明かりに輪郭だけを写し上げられてクレイさんは魔物に向かって手のひらを向ける。首から滴る血液が勢いを増したかと思うと黒い煙が首を、顎を、頭を模っていき外骨格に筋肉繊維が生み出されていく。まだ表皮のない顔だったが僕にはそれが誰だかすぐに分かった。

【汝死を司り生を弄ぶ者、狂気の形を示し恐怖を成すと知れ。その名はタナトス】

聞き覚えのある声。そして魔術語。僕の師匠、デリンジャーその人だった。

 師匠に声をかける間も無く魔術は執行される。壁、床、天井、あらゆる陰や隙間から闇の手が伸びて魔物を突き刺していく。そのたび魔物の断末魔が響き、水路が大きく振動した。魔術でも最上位といわれる魔術の一つを放った本人は口元に憎たらしい笑みを浮かべて魔物の苦しむ姿を見つめていた。

 半円状の水路は魔物の暴れる衝撃と魔術の破壊力で外壁が崩れ始めている。そう長くは持ちそうに無いと思ったそばから天井の石が崩れ、地面に叩きつけられる。ここに居ては危険だ。そう思った時、アルマさんが僕たちを掴んで叫んだ。

「息を止めろ!」

僕は反射的にアルマさんの服を握り締め、口を閉じた。数秒後、僕たちは体中にまとわりつくような汚水の中に飛び込んでいた。



第二十三回

第二話終了です。


え、ここで終わるの?


感がありますがいいのです。この話でようやく(?)魔法らしい魔法が出てきますね。全部読み直してないのであまり覚えていませんが、個人的にこてこての魔法や魔術が嫌いなので滅多に出しません。だって文章で書くと急にチープになりませんか? と言いつつまた書いてたりして。


青六。

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