No.22 二話 ~10~
体が重たくなって俺は部屋にある椅子に腰掛けた。頭が痛み、体中に倦怠感が襲ってくる。こんな気分は初めてだ。地下の隠し部屋に入った途端意識が虚ろになり、いろんな感情や記憶が頭の中を巡り出したと思えばここに戻っていた。まるで夢でも見ているかのような気分だ。目の前にあるこの床も本棚も俺の脚から胸から頭まで本当にここに存在しているのだろうか。何もかもが現実感にかける。
額から流れ出した汗が鼻を伝ってズボンに落ちた。ズボンに出来るシミを見つめて俺は浅い呼吸を大きく、深いものへと変えていく。
「クレイ?」
聞き覚えのある声が俺の名前を呼んだ。俯く俺の手を包むようにして握りながらアルマが覗き込んできた。まだ頭がぼんやりする。俺はそっと傷つけないようにアルマの頬に指を沿わせる。暖かい人の感触。
あぁ、大丈夫だ。今俺はここに居る。
「大丈夫か?」
「少しだるいが平気だ」
「そうは見えないデスケド」
一言多いのはアイリスだ。その横で彼女の手を握りながら心配そうな表情を浮かべているのはイキシア。俺は確認するように三人の顔を順々に見ていく。この面子を見ると不思議だが安心する。無意識に頬が緩むのが分かった。
「とりあえず今日はもう戻ろう。クレイも調子が悪そうだ」
「さっきまで目玉投げて遊んでたくせにデスカ?」
悪役が浮かべる笑みを顔全体に浮かべながら呆れたようにアイリスが口にする。子供のくせに言葉の言い回しと態度が大人顔負けだ。きっと大人になったらここに居る誰よりも厄介な女になるだろう。今のうちに絞めておくのもありかもしれない。
俺はアルマの手を借りながら立ち上がると背中を大きく逸らせて強張った体中の筋肉を解した。さっきより多少は動きやすくなった気がする。それが気のせいでないことを祈りたい。
「歩けるか?」
「何時から俺は介護老人になったんだ」
妙に甲斐甲斐しいく手を貸そうとするアルマの手を押しのけて俺は扉のほうを向いた。思い出した記憶の整理がつかなくて混乱しているのだろう。まだ頭に違和感が残るものの体は思うように動く。ぞろぞろと部屋を出て行く彼女らの最後尾について俺はゆっくりと歩き出した。
「速く歩いてクダサイ、クレイサン。帰ったらいろいろ訊きたいことがありマス」
「訊きたいことねぇ」
いろいろ訊きたいのはこちらのほうなんだが、仕方が無い。適当に言いくるめて今日は早いところ布団にもぐりこむとしよう。
腐った扉を抜けて俺はふと立ち止まった。アルマたちは何事も無く来た道を戻っていく。なんだろうこの感じ。頭の痛みで忘れかけていた、腹の底で沸々と湧き上がる嫌な予感。それがここにきて紛らわせないほど大きくなっていた。
『お兄ちゃん?』
湿った排水路に響く人の声。それにしてはノイズがかかったような、高音低音が入り混じった声。つまり分かりやすく言えば普通じゃない声だ。俺は声のした頭上を見上げた。
『お兄・・・・・ちゃん?』
天井に張り付くようにして揺らめく黒い影が、サメのような大きな人の口をもぐもぐと動いていた。
何だろう、これは。俺は自分の口が開いていることにも気がつかずそれを見つめる。見た目で言えばまさに化け物なのだろうが、俺にはその類のものには思えなかった。
「クレイサン! 逃げてクダサイ!」
緊迫感のあるアイリスの声が耳に届く。それでも俺は何故かそんなに恐怖感や焦燥感は無く、ただ天井のそれと睨み合いをしていた。大きく開かれる口が俺に狙いを定めて飛び掛ってくるのが、映画のコマ送りシーンのようにゆっくりと見える。こいつ、俺を食うつもりだ。まったくそりゃ、
「冗談きついぜ」
心の中で呟いたつもりの言葉が口からこぼれた。
誰かの声が耳に届いているような気がする。それが誰なのか、意識を失っていく俺には判断がつかなかった。
第二十二回
SF小説とホラー小説を書ける人はすごいなぁと常々思います。やはりものを書く以上、それなりの知識は必要ですが言葉でSFを表現したり、読み手が怖くなるような演出を文字だけでできる人は尊敬します。やはり物書きでも本気度が違うと分に出るモノが違ってきますからね。自分にはできそうにない次元の話です。
青六。




