No.21 二話 ~9~
足元を照らす光も何もない階段は大雑把な作りで、一つ一つの段の高さや幅が揃っていなくとても歩きにくい。かと言って壁に手を触れようものならば壁中に張り付いた粘菌のようにベタッとしたものが手にへばり付いた。この地下には気分良くいられる場所なんて無いみたいだ。
しばらく階段を下った先には小さな空間が広がっている。そこにはよくもこれだけ集めたと感心してしまいそうなほど心臓の入った瓶が置かれていた。それぞれ丁寧に採取日と採取者の性別等の情報が書き込まれ、棚の中にあってもすぐに分かるようラベルがこちら側に向いている。この文字も師匠のものとよく似ている。
さっきの場所から数メートルしか下っていないのにこの部屋の中はやけに寒かった。そのおかげでここの心臓は腐らず残っているのかもしれない。
「お?」
先頭を歩くアルマさんが何かに足をぶつけて足元を見下ろした。掲げるランプの薄ぼんやりした明かりの中に今度は人の形を保った死体が一つ浮かび上がる。
「・・・・首が無いな。見たところ十五、六の男ってところかな」
綺麗とは言いがたい首の傷跡を見ながらアルマさんは体の隅々を確認し始めた。首が無いだけの死体ならまだ吐き気はしてこない。イキシアさんもあまり気分は良く無さそうだがアルマさんの横に腰を下ろして一緒に死体を確認している。
「この死体は誰でしょうか?」
「さぁな。デリンジャーかもしれんが」
「師匠はもっと身長が高くてハリガネムシみたいな体デス」
「もっとマシな例えがあるだろうに」
アルマさんが肩をすくめる。
「ここじゃ暗くてよく見えんな。クレイ、運び出すのを手伝ってくれ」
アルマさんの呼びかけに、クレイさんは答えなかった。さっきまでそこにいたはずのクレイさんは忽然と姿を消している。そういえばさっきからアルマさんが先頭を歩いていたけれど、階段の入り口ではクレイさんが先頭を歩いていたような気がする。何時からクレイさんは居なくなっていたのだろう。全く気がつかなかった。
「おい、クレイ。どこに居る?」
「クレイマン?」
「・・・・・・・・」
「・・・・・」
「・・」
僕たちは周りを見渡すも、並び立つ棚の影になってランプの明かりが届かない部屋の中ではまともに物も見えなかった。体を包む不気味なほど冷たい空気と、背中に這う底知れない感覚。恐怖を感じるには十分すぎる環境だ。
僕は後ずさりながらそっとアルマさんとイキシアさんの手を握る。そうしないとこの闇の中に溶け込んでしまいそうなそんな気がした。
「クレイ・・・サン?」
アルマさんの掲げるランプの明かり、その先で何かが動く。そして明かりの中に影深く人の顔だけが浮かび上がった。
「っ!」
僕たちは思わず体を大きく反応させる。驚いたなんてものじゃない。心臓が止まるかと思ったほどの衝撃に誰も声が出なかった。
闇の中から顔を出したのはクレイさんだった。クレイさんは驚いた僕たちを眠たそうな目で見ると床に横たわった死体に視線を移す。
「マーセル・ロイドか。哀れな死に様だ」
心ここにあらずといった表情でクレイさんは淡々と口にする。なんだかさっきまでと様子が違う。それは僕以外の二人も気がついているらしい。僕たちはお互いに顔を見合った。
「クレイ。居るなら返事ぐらいしろ」
大きく鼓動する胸を押さえながらアルマさんが言うも、クレイさんは彼女を無視して首なし死体の傍らに屈む。そして棚の下に隠れるように落ちていた空の瓶を手に取った。まるで始めからそこに瓶があることを知っていたかのような動きだった。
クレイさんは空の瓶の淵に鼻先を当てて臭いを嗅ぐ。見ていてとても不気味な光景だ。そして死体の胸の上にその空瓶を置くと、クレイさんは音も立てずに立ち上がる。明かりに浮き上がる陰影が余計にクレイさんの異様さを増しているように見えた。
「ここには何も無い。上へ」
死体を見下ろし言うと、暗くて何も見えないにもかかわらず迷いの無い足取りでクレイさんは出口へと向かっていった。取り残された僕たちは、その背中が闇の中に飲み込まれていく様を見つめていることしか出来なかった。
あの何を考えているのか分からない感じ。僕には覚えがある。昔懐かしい祖国で見た師匠の雰囲気に良く似ていた。近くに居て背中に悪寒が走るようなあの雰囲気。まさか。そう思いながら僕は死体の上に置かれた空瓶を手に取ってみる。見たところ心臓が入れてある他の瓶と同じ形をしていた。そしてそのラベルにはこう書かれている。
『十月二十四日 ニーシャ・ロイド 十二歳』
「マーセル・ロイドの妹の名前だ」
僕の持った瓶を一緒に覗き込むアルマさんが言う。だとすると、どうしてこれが彼の傍に落ちているのか。そしてこの中身、ニーシャ・ロイドの心臓はどこに消えたのか。そもそもどうしてクレイさんはこの死体がマーセル・ロイドだと断言したのか。謎が多すぎた。
「とにかくクレイマンを追おう」
「そうデスネ」
「よし、そうしよう」
不安を払うようにアルマさんは僕たちに微笑んだ。この人は頭がおかしいけれど、何故か勇気と元気を分けてくれる不思議なところがある人だ。そう思った。
第二十一回
少しづつでも話は進みますね。もう少し多めに投稿したほうが良いのかな、とも思います。さて、あまり声を大にして書きたくない内容なのでここにさらっと書きますが、この作品はとあるラノベ大賞で3次選考まで残った作品です。案外サクッと全体の3%まで残ってしまった作品ですが、蔵の中(外付けHD)にしまっておくのもなんでしたので公開した次第です。小説は誰かに読まれて初めて小説足りえますからね。この小説があなたにとって娯楽の一つになれば本望です。
青六。




