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初めまして、クレイマン  作者: 青六
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No.2 一話 ~01~


 【コード1】


 壁に叩きつけられると同時に肺に残った僅かな空気が強制的に吐き出された。ウネウネと動き回る胸糞悪い化け物は俺の両足と一人のクソ野郎を巻き込んで部屋中に血肉をばら撒いている。長いこと危ない橋を渡ってきたが今回ばかりはどうにもならなさそうだ。

 俺は体中にへばり付いた肉片を払いながら煙草を咥える。膝から下が食いちぎられた脚は真っ赤な鮮血と一緒に捻じ曲がった骨が肉の合間から見えていた。この出血を見る限り長くても三分が限界だろう。せめて死ぬ前に一服しておきたかった。

「こんなに汚れるんだったら下ろし立てを着てこないほうがよかったか」

吸い込んだ紫煙を吐き出しながら、昨日買ったばかりの背広を見下ろす。あいつが着ていけと五月蝿いばかりに着てきたのが馬鹿だった。おかげでたった一回着ただけで使い物にならなくなってしまった。一着いくらすると思ってやがるんだ。柄にもなく俺は腹立たしい気分になる。

 いつでも死ぬ覚悟は付いていたが、いざ今死ぬと分かると名残惜しいものだ。大切なものを残して死ぬという事がこうも後ろ髪惹かれることだとは思いもしなかった。

 俺は宙を漂う煙の向こうに部屋の出口を見る。這って行けばいけない距離でもない。最後の最後まで足掻く姿は情けないが、助かるのであればそれもいいだろう。どんなに愚かで惨めでも生き残ったものが勝者だ。

 自分の血溜まりで煙草の火をもみ消し、俺は地面を這う。こんなにも蒸し暑いのに地面は凍りついたように冷たい。たった数メートルの距離が無限に感じる。だがこの世に終わりの無いものなどない。必ず最後には終着点があるのだ。

 やっとのことでたどり着いた俺はさび付き重たい扉に手をかける。足がないとやはり思い通りに動けない。必死に引っ張ってみたはいいものの頭一つが出るほどしか扉は開かなかった。

「クソッ・・・嫌になるぜ」

遠くなり始める意識の中、俺は最後の力を振り絞って扉に身体をねじ込んだ。


   

 一話


 ボスが姿を消してからもう三日になる。街のチンピラと戦争してた時もサツに追いかけられた時も、一度だって私たちの前から姿を消したことの無いボスが音信不通になってしまった。ファミリーの中でもボスが居なくなったという噂は広まり始めている。現にボスの部屋にはいくつか置かれた家具があるだけだ。つまり、ボスはいないということ。

 リヴァーファミリーはこの街でも弱小と言われるマフィアだ。それでも私たちはそれなりにいい暮らしをしてきたし、他のファミリーにも少しずつだけれども信頼されるようになってきた。何もかもが順調に進みかけていた矢先に私たちのボスは消えてしまった。イド・リヴァーはこんなところで逃げ出すような肝の小さい男ではない。居なくなるなんてことがあるとしたらそれは。

 できればそんなことが無いように願いながら私は、この街で一番腐敗臭を漂わすこの場所に来ていた。死体処理場には毎日この街で誰かに殺されたり、事故で死んだり、病死した死体が集まってくる。その数は一月で数百になるらしいと、どこかの三流新聞がコラムに書いていた。

 とにかくボスが殺されていればこの死体処理場に死体があるはずだ。いや、出来れば無いほうがいいのだけれども。慣れたくない人間の腐敗臭はハンカチで口元を押さえても全く良くならない。この臭いをどうにかするにはこの辺り一面をラベンダー畑にするか、自分の鼻をそぎ落とすかどちらかしかない。そう思えるほど酷い臭いだった。

 しかし、こんなところで仕事をしている人間は一体どんな面をしているのだろう。マフィアの私が言うのもおかしいかもしれないが、きっと悪魔のような恐ろしい悪人面に違いない。

 処理場から少し離れた所。死体が川のようにズルズルと流れていく廃棄路の傍に事務所が立てられていた。私は事務所の前に立ち、雨風にさらされて酷くさび付いた扉を叩いた。

「はいは~い」

周りの状況が状況なだけに妙に明るいその返事が奇妙に聞こえてしまう。やっぱりこんなところで仕事をしている人間は頭がおかしいのかもしれない。少し不安になったが心の準備をする間も無く事務所の扉は開いた。

「どちらさん?」

陽気な声で出てきたのは綺麗な金髪の女の子だ。予想に反してとても感じがいい。年も私より下に見える。その彼女は右手にうどんの入ったどんぶりを持ちながら、口に箸を咥えて愛想笑いを浮かべた。

「あ~、集金ならちょっと待ってもらえるかな? 今ちょっと立て込んでて」

私の身なりを見てすぐにマフィアだと気づいたようだ。だが何処のファミリーかまでは分からなかったらしい。

「いや。集金ではなく、少し死体を見せてほしくて来た」

「人探しってこと?」

「そんなところだ」

「ふ~ん。まぁ良いけど」

彼女はうどんを啜りながらニッと歯を覗かせて笑顔を作る。やはり少しおかしな人間だ。

「何日前に入荷したヤツか分かればすぐにでも見せるけど?」

”入荷”という言い方に違和感を覚えるも私は何も言わずに答えだけを返す。

「三日前だ」

「三日ね。はいはい。腐ってなければ良いんけど」

さらっと恐ろしいことを口走りながら彼女は私についてくるように手招きする。向かう先はさっきから死体の流れ出ているあの工場のような建物だ。赤錆と血糊で全体的に赤黒くなっている建物の中へ彼女は平気な様子で入って行った。

 建物の中は電球の明かりだけで薄暗く、想像通り酷いにおいが立ち込めていた。とにかく酷い臭いだ。死体を見た事は何度となくあるが、ここまで酷い臭いは初めてだ。

「うわー。この前の猛暑でかなり来てるみたい」

死体を流す機械の騒音の中で彼女は大きく息を吸い込んでそう言う。そして続けてうどんを啜る。

「あの、えっと」

「アルマ」

「ミス・アルマ。こんなところで食事をして平気なのか?」

「どうして?」

うどんを啜る途中でアルマは振り向くと、やけに幼い仕草で首をかしげた。何でその質問をするのか分かっていない様子だ。さび付いた鉄骨にこびり付いた血肉が石のように硬くなってへばり付き、吹き込む砂埃が積もり山をなしている死体処理場。こんなところでは一月間断食をした修行僧でも食欲は湧かない。そんな場所で平気に食事をする少女は狂気と紙一重な気がする。

「いや。なんでもない」

私は生唾を飲み込んで頷いた。きっとこういう人種なんだ。そう思いたい。

 アルマはしばらくうどんを啜りながら入り組んだ道を進んで死体安置へ差し掛かる。両方の壁に鉄製の扉が三段になって連なり、扉の一つ一つにタグが付けられていた。さっきよりかはいくらか臭いもマシになって、私はようやく呼吸らしい呼吸が出来るようになる。

「う~ん、この辺か?」

うどんの汁を飲みながらアルマは本棚から本を探すような軽さで扉を開いては中身を確認する。そして「違うな」と言っては扉を閉めた。彼女は何度かそれを繰り返してあきらめた様に首を振る。

「三日前になるとクレイマンにやらせた辺りだからな。ちょっとここで待っててもらえる?」

空になったどんぶりを私に手渡してアルマは安置所の奥の扉へと消えていく。

 どうやらここにはもう一人従業員がいるようだ。その名もクレイマン。きっと土偶みたいな男で口からレンガ色の土を吐き出すのが特技、なんて男だ。

 しばらく待っているとアルマが一人の男を連れてきた。真っ黒なつなぎを着た男は汚い長袖のシャツを真っ赤に染めている。とにかくここは暗いので赤か黒かの判断がつきにくい。一瞬全身真っ黒なのかと思ってしまったその男がクレイマンらしい。予想に反して中肉中背の男だ。あとは口から土を吐かなければ普通なのだが。

「クレイ。三日前の死体って何処にしまった?」

「あ? んなもん自分で探せよ」

何故顔まで血で汚れているのか、クレイマンは顔に固まってこびりついた血を剥ぎながらタグを一つ一つ手にとっていく。文句を言ったもののアルマの一睨みで言いつけどおりになっている。

「ったく、こっちだって仕事が山済みなんだぜ。こんな雑用・・・」

相当鬱憤がたまっているのかクレイマンはぶつくさと文句をたれている。それでも仕事はしっかりする辺り、真面目な性格なのかもしれない。

「ここからそこまでが三日前、それよりあんた側が二日前。一日前は今搬入中」

ぶっきらぼうにクレイマンは言い、私を指差した。扉の数はざっと三十はある。これを調べるのは結構手間になりそうだ。何より鉄扉を開くたびに気持ちの準備をしないといけないのが嫌な感じだ。

「とりあえずどんな死体捜してんだ?」

クレイマンはつなぎのポケットを弄くりながら面倒くさそうに私のほうを見た。

「両腕から肩にかけて刺青の入った男。年は二十代後半。」

「ねぇな」

「うん。ないな」

即答で答える二人。本当かどうか怪しくなるくらいに気持ちの言い即答ぶりだった。

「いや、しっかり調べてくれ。両腕から肩にかけて翼をモチーフにした刺青だ」

「翼?」

私の”翼”というフレーズにアルマが反応した。良かった、やはり在ったんだ。安心して胸を撫で下ろしそうになった私は、我に帰ると同時に血の気が引いた。良くなど無い、ここになければそれで良いではないか。それが一番だ。なんだか急に恐ろしくなってくる。

「クレイ、ちょっと脱げ」

「なんで?」

「いいから、早く早く」

唐突に何を始めるのか、アルマはクレイマンの服を掴んで裾をばたばたと揺らす。地味な嫌がらせでクレイマンは当然嫌そうな顔を浮かべたが、アルマの「早くしろ」とドスの利いた一言で大人しくなった。見ていて少しかわいそうに思えてくる関係だ。

 結局頭一個分小さい女にほいほいつなぎの上半身を脱がされ、シャツ一枚になったクレイマンは寒そうに自分の肩を抱え込んだ。半袖のシャツから伸びる筋っぽい腕に何かの刺青が見える。

「これか?」

アルマが今まで何処に隠していたのか懐中電灯を取り出してクレイマンを照らした。

「うっ! 眩しい」

クレイマンが腕で顔を隠す。その腕に浮かぶ刺青は紛れも無く、見覚えあるあの翼の刺青だった。

第二回、いかがでしたでしょうか。文が多い、少ない、読みにくい等ございましたら、お気軽にコメントをお寄せください。対応させていただきます。


青六。

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