No.19 二話 ~7~
一日は過ぎるのがとても早い。何もしていないうちに終わってしまう事は良くある。でもそれはその一日が平和で何も無かったからこそそうであるのだと思う。一日のうちに大事件が何度と続けばきっとその一日は永遠とも思えるほどに長く続くんだ。今日という日が早く終われますように。俺は誰に願うわけでもなく心の中でそう願った。
「昼間でも暗くてある程度の広さがある場所はここぐらいだと思う」
イキシアがフラエズ河にかかる橋の下、街の排水路を覗き込んだ。人が数人横に歩けるほどの幅がある比較的大きな排水溝だ。今は鉄柵がしてあって中に入る事は出来そうにない。
アイリスはイキシアの後ろから排水溝の中を覗き、そのまま橋の裏を眺めて足元の石畳に屈みこむ。
「ここに来た形跡はまだないデス」
「そりゃ良かった。なら早く帰ろうぜ」
「必要ない事は喋らないでクダサイ」
自分よりも幼い子供に俺は叱られる。
「ここの中に入れマスカ?」
「鉄柵を何とかすれば・・・・」
イキシアが鉄柵を掴んで前後に揺らす。だがとてもじゃないが人の手では外せそうにない。しっかりと固定されている。こういうどうでもいいところの整備だけはしっかりしているらしい。
どうしようか腕を組んで考えるイキシア。その隣でアルマなにやら不穏な動作を始めていた。なんとなく想像はついていたが、アルマは思いっきり足を振りかぶって鉄柵を蹴り飛ばす。金属特有の高い音が響いたと思ったら鉄柵が根元から折れていた。目を丸くして口をパクパクさせるイキシアの隣でアルマが俺に親指をつき立ててくる。女の子は極力そういう事はしないんだよ、普通は。
何とか一人ずつは入れそうな隙間が出来たので俺たちは順番に中に入っていく。先頭はもちろんアルマ。さっきの並外れた破壊力を目の当たりにすれば賢明な判断だろう。というか俺はいつもあの破壊力を体に受けていたのか。考えるだけで身震いがする。
排水路のなかは想像通り淀んだ水の臭いが充満していた。イキシアは早くもハンカチで口を塞ぎ、不愉快そうに眉間に力を入れている。腐敗臭になれている俺たちでもこの臭いはいただけない。体の中まで染み込んできそうな嫌な臭いと湿気に満ちた重たい空気がこの上なく不愉快だ。
「ここはどれくらい古い場所なんデスカ?」
この場所でも何故か平気そうなアイリスが綺麗に半円状に組み重なったレンガの壁に手を触れながら訊く。俺は答えを知らないので軽く首を横に振った。
「私の祖母の時代より昔からある街だ。相当古いに違いないと思うが」
「バルガ祭の所以になったバルガがここに隠れ家を持っていた、なんて話もあるくらいだからな」
ご丁寧に答えるイキシアに続いてアルマも余計な情報を提供してくれる。イキシアもまだ若いからざっと計算して八十年前後といった所だろう。そんなに古いなら崩れたりしなければいいのだが。なんだか急に不安になってきたじゃないか。
「そんなに古いんデスネ。崩れないといいのデスガ」
「その心配はない」
「爆弾でも持ち込まなければな~」
ニシシと奇妙な笑いを浮かべるアルマと、無表情でアイリスを宥めるイキシア。一番後ろから見ているとこれはこれで凄いメンバーが集まっていると改めて思う。なんたって墓場系女子とマフィア系女子、極めつけは魔法使い系女子である。さながら何とか戦隊とかに出てきそうな面子だ。個性豊かなのは悪くないがこちらの身にもなって欲しい。
「お、何だあれ?」
懐中電灯の明かりが道の先に何かを見つけたらしい。照らされている先を見れば何の事はない、ただの扉だ。けれども、普通の扉といってもある場所を考えれば普通ではなくなる。なんたってここは鉄柵で締め切られた水路の中をそれなりに進んだ先。こんなところにはネズミとゴキブリくらいしか居ない。
「入ってみまショウ」
「そうだな」
急に緊張しだしたのはイキシアだ。彼女はこの中で一番こういったホラー的な状況に弱い人種だから仕方ない。言い換えてみれば彼女が一番普通に近いタイプなのだ。一番普通側の人間がマフィアというのもなかなか酷い話だが。
扉は木が腐っていてほとんど鉄枠だけが扉としての役割をになっている。しばらく使われていなかったのかきつくはまった扉を無理やりこじ開けてアルマたちは扉の向こうへと入って行く。
最後尾の俺はみんなが入って行った後、一人残された排水路の暗闇に何か見覚えがあるような気がして立ち止まった。排水路に見覚えがあるんじゃない。この暗闇に見覚えがある。曖昧だがそんな感じがした。
「クレイマン?」
扉の向こうから聞こえるイキシアの声で俺は我に帰る。
「今行く」
なんだろう。この感覚。誰かの記憶とかそういうものではなく、本来自分自身が持っている真理が囁いてくるような不気味な感覚。何か嫌な予感がしてならなかった。
第十九回
既に書き終えていますのでスイスイ投稿しておりますが、そろそろ他の物を完結させないとなぁと思っています。書きたい場面やシーンはあるけど大抵それはクライマックスが多いもので、そこに至るまでに力尽きてしまうこともしばしば。話を細かくして4~5話で構成するのが個人的には一番しっくりきます。これを投稿し終えるころには別の話が書き終わってるといいなぁ~。
青六。




