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初めまして、クレイマン  作者: 青六
17/40

No.17 二話 ~5~


 ひとまず事務所に帰った俺たちはこんな夜中に薄暗い部屋の中でテーブルを囲んで座った。俺は椅子の背もたれを腕かけにして座りながらアイリスを見た。まだ服にゲロがついてる。汚いから早く着替えて欲しい。

 そんなアイリスは腕を組んで難しげな表情で首を何度もひねっていた。アイリスの話を聞いたアルマが頭の中を整理しきった様子で顔を上げる。

「アイリス、その血は間違いなく師匠のデリンジャーのものなんだな」

「間違いないデス」

「となるとクレイの外は『イド・リヴァー』で、中身が『デリンジャー』なのか?」

「人を饅頭みたいに言いやがって。何なんだよ・・・」

「その可能性もありマス。でもきっと背骨だけが師匠のものなのだと思いマス」

「背骨だけって。俺は着せ替え人形か? 自由に背骨が入れ替えられますって嬉しくねぇぞ、そんな機能」

「背骨を他人と入れ替える禁術がありマス。それを使ったのでショウ」

「なかなかグロテスクな禁術ですこと」

アイリスの話がいまいち理解し切れていない俺は背もたれに顎をつきながら適当に相槌を打った。

 結局俺は一体何者なんだろうか。首、体、背骨で最低でも三人の体がごちゃ混ぜになっているらしいが、どうしてこうなったのか想像もできない。そのうち二人の身元が分かっただけでもよしとするべきなんだろうか。非常に複雑な気分だ。

「確認してみたいのでクレイサン、脱いでください」

意を決した様子でアイリスが俺を見て言った。

「また脱ぐのか。しかも今度は観客が一人増えてるし」

とりあえず今は一つ一つのピースをはめていくしかない。俺は上着を脱いでイキシアに背中を向けた。体に刻まれた刺青が改めてこの身体を『イド・リヴァー』の物だと証明する。背中に触れる冷たく小さい手の感触を感じながら俺は自分の拳を開いて閉じて、きつく握ってみる。

「やっぱり師匠のもののようデス。背骨から魔力の波動を感じマス」

「じゃあ俺は体が『イド・リヴァー』で背骨が『デリンジャー』で、それに誰かの首が乗っかってる事か?」

「そうなるな」

アルマの言葉に椅子に深く腰掛けるイキシアが大きなため息をついた。隠せない落胆の色、というか諦めみたいな空気が部屋の中に広がっていく。これでますます俺が誰なのか検討がつかなくなってきたわけだ。

 それでもアルマは何かを考えているようで閉じた瞼を開いた。

「魔法で人間を混合する事は出来るのか?」

「はっきり言って難しいデス。昔の文献でも他人の身体をつなぐ事は出来ていマセン」

「ならクレイのように傷口もなくなんてことは不可能なわけか」

「ハイ」

実際に本人が目の前にいるのも気にせず、アイリスは首を縦に振った。つまり俺は魔法使いから見てもありえない生き物って事になるらしい。笑えない話だね。

「なんか難しい話で頭痛くなってきた。もう寝るわ」

これ以上話を聞くのがだんだん怖くなってきた俺は適当な嘘をついて立ち上がる。記憶がどうの言う前に俺がどんな生き物かもよく分からなくなってきそうだった。三人の娘に心配そうに見送られながら俺は事務所の屋根裏部屋に上った。



 翌日。俺は寝起き早々わけの分からないままアルマに引きづられて街の中心街に来ていた。普段あまり来ない賑やかな市場が並び、焼きたてのパンの匂いとやさしいフルーツの香りが体を包み込んでくる。さわやかな気分になるはずのこの場所も昨晩一睡も出来なかった俺にとってはなんの効果もない。雑音とノイズが入り乱れる空間だ。

「なぁ、朝っぱらからどうしたんだよ?」

不自然に楽しそうなアルマを横目に俺は寝癖を手で直しながら訊いてみる。

「たまには仕事休んで遊ぶのも悪くないだろ?」

「まぁ、そうかも知れねぇけど。そういえばあのちびっ子はどうした」

「アイリスならイキシアの所だよ」

「なんでまた?」

「最近流行の”悪魔の猛獣”を調べたいんだとさ」

悪魔の猛獣。三日くらい前からよく街に出てくるようになったという化け物のことだ。イキシアの話だと俺も一度会ったことがあるらしいが、残念ながらそのときの記憶は全くない。俺が知っていることといえば見た目が狼と獅子を合わせたような見た目の化け物らしいということぐらいだ。つまりそこらで新聞を読んでる連中と同じ位の情報しか知らない。

「アイリスが言うにはあれも魔術の一種らしいぞ」

「だからその厄介ごとに首を突っ込みたがるのか。あんまり良いこととは思えないな」

出来ることならそういう厄介ごとなしに記憶が戻れば一番有難いんだが、そうも言っていられない状況だ。

 俺はふと市場に並んだ真っ赤な林檎を手にとってみる。普段は滅多に果物の類は買わないのだが、何故かその時は自然と手が伸びた。真っ赤な林檎、林檎、林檎。

 なんだろう。目を合わした林檎から視線が離せなくない。しばらく俺はその不思議な気分のままでいると突然、その林檎に吸い込まれていきそうな感覚に陥る。

 どこかでこれを見たような気がする。そうだ、まだ暖かくて鼓動する林檎。記憶の中で小さな鱗片が重なり合ってそれが何を表しているのか徐々に理解していく。周りの雑音がかき消され、まるでここに居るのが自分ひとりのような感覚。そう。この真っ赤な林檎は心臓だ。そしてこの心臓は---。

「おい! クレイ!」

アルマの声に俺は大きく息継ぎをした。無意識に呼吸を止めていたようだ。肺に空気が運び込まれた途端、街の雑音が耳に戻ってきた。しばらく目を見開いていたせいか瞬きするたびに涙があふれ出てくる。

「大丈夫か?」

顔を覗き込んでくるアルマと目が合う。こうして日の下で見る彼女の細くて綺麗な金色の髪はやけに眩しく思えた。両目にかかる前髪はもう少し短くしたほうが良いな。きっと目を悪くする。

「ちょっとついて来てくれ」

「何か思い出したのか?」

「ここの近くだ。言っておくけど良い記憶じゃないぜ」

アルマの手をとって俺は市場から抜け出る。人の波に逆らいながら広場の隅にある細い路地を抜けてさらに奥。フラエズ河から伸びた水路沿いを進み、その先にある古ぼけた家の前で俺の脚が止まる。自分で歩いていながら誰かに導かれているような気分だった。生唾を飲み込んでそこの二階の窓、左から二番目を指差す。

「あそこだ」

「あそこに何がある?」

「さぁな」

湿った手のひらをズボンで拭いて家の中へと入っていく。

 電球どころかランプもない家の中はやたらと暗い。集合住宅なのか玄関を入ったらすぐに横に伸びる廊下と二階への階段がある。壁紙は無く、板の壁がさらけ出されていた。天井からは埃のついた雲の巣が張り巡らされ、廃墟寸前といった状況だ。

 俺はこの光景に既視感があった。確かな既視感だ。曖昧なものではなく、俺はここに来たことがある。あの階段の手すりに手をかけて、そして二階へと上がるんだ。

 二階は一階とは鏡写しの構造になっていて端から三枚目の床板がよく軋む。俺はそっと足音を潜めながら奥から二番目の部屋の扉前に立つ。扉というにはお粗末なもので、ボロボロの板に適当な木片をノブの代わりに付けたものだ。そこで視線を足元に落とすと扉の下から薄くこぼれるランプの明かりがつま先を照らしていた。

 こんな夜中まで起きているのか。嬉しさと呆れが一緒になってこみ上げてくる。俺は中にいる彼女に気づかれないようにそっと扉を開く。古くなった金具が錆ていて上手く開くにはコツがいる。

「どなた?」

体を滑り込ませようとしたところでニーシャに気づかれてしまった。今日は失敗だったらしい。俺は苦笑いを浮かべて失敗を誤魔化した。

「こんな夜中まで起きてたらいけないじゃないか。」

「お兄ちゃんだって起きてるでしょ?」

「それは仕事だったからだよ、ニーシャ」

ニーシャの頬に触れて俺が微笑む。愛しのニーシャ。笑みを浮かべたときに見える八重歯がとても可愛らしい。あまり外に出たがらない彼女は血管が浮き上がりそうなほど白い肌をしている。それもあって触れば壊れてしまいそうな彼女はとても美しかった。きっと大人になったらもっと美人になるに違いない。そう、きっと。

 俺は右手を彼女の左胸に突き刺した。さっきまでの朗らかな光景が一転して周りが暗く、ニーシャの目には恐怖と苦しみの色が現れる。彼女は口から真っ赤な血を吐き出した。

「おや、可哀想に。苦しいのか?」

俺は右手に感じる少女の生命を堪能しながら嗤う。興奮で息が荒くなる自分を抑制しながらやさしく、そっと、丁寧に親指と人差し指で心臓に繋がる血管を一つ一つちぎっていく。そのたびニーシャはガクガクと振るえ、最後には血の泡を吹きながら白目を向いた。

 真っ赤に染まる少女の服とベッドのシーツ。手には小さくもまだ脈打つ少女の心臓。

「いい心臓だ。穢れを知らない無垢で純真な少女の心臓ほど美しいものはない」

狂気じみた興奮でほてった体で俺はそれを瓶に詰めようと持ち上げた。

 その次の瞬間、顔の側面から来る衝撃で俺は床に倒れる。小棚の角に頭をぶつけた痛みでこみ上げる怒りとともに目を開けるとアルマがいた。

「ふぅ~。正気に戻ったか?」

肩で息をしながらアルマが振るった拳を解す。真っ暗で埃っぽい部屋にはランプの明かりも、少女の死体もない。ベッドはただの木枠だけが残り、天井には大きな穴が開いていた。どうやら俺は記憶の中をうろついていたらしい。体から噴出す汗に居心地の悪さを感じながら俺はアルマの差し出す手に引き起こされる。

「何回呼んでも聞かないから殴った」

「説明しなくても分かるぜ。でもせめて手加減して殴ってくれ」

口の中が切れて吐き出す唾が真っ赤に染まっている。歯は折れていないようなので一安心だ。

 口の中に指を突っ込んでいる俺を、アルマは何時になく心配そうに見つめる。なので俺は殴られて腫れている顔を無理やり笑顔にしてみせた。

「心配すんなよ。お前に殴られて痛いだけだ」

「ならいいが」

何が良いものか、と突っ込みたくなったがしおらしく上目遣いなんか見せるもんだから調子が狂ってしまう。

 しかし、さっきの記憶は誰のものなんだろうか。見当もつかないが記憶を解く鍵はあの『ニーシャ』という少女にある。これは間違いない。確信に近いものをもちながら俺は痛む頬を片手で押さえつつ部屋を出た。

 廊下に出るとちょうど下の階からやってきた老人と鉢合わせた。老人はヨタヨタと歩きながら俺を見上げるとしばらく俺の顔を見つめてほとんど歯の抜けた口を開く。

「おや、帰ってきたのかいマーセル?」

「マーセル?」

「人違いじゃったか?」

「いや、爺さん。俺の顔に見覚えがあるのか」

「うむ。マーセルによく似ちょる」

なんという収穫。俺は振り返ってアルマを見た。ようやくこの顔の持ち主を見つけた喜びできっとアルマも嬉しそうにしているのかと思えばそうでもない表情で彼女は手を叩いた。

「あぁ、そう言えばお前見たことあるわ」

「・・・・・はぁ?」


第十七回

区切りが悪い…。長くなってしまいました。お時間があるときにぼちぼち読んでみてください。起承転結で言えば、二話は転に当たるパートです。承は何処へ、という感じですが、話を回すのにアイリスのキャラクターは一役買える便利な子ですね。徐々に明らかになっていくクレイマンの秘密。楽しんでもらえたら幸いです。


青六。


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