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初めまして、クレイマン  作者: 青六
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No.14 二話 ~2~


 夕食時を迎えた事務所の一階。キッチンから香ってくるトマトソースと肉の香りが俺の腹の虫を騒がせる。珍しくエプロンなんて小奇麗なものを身につけたアルマの背中を見ながら、俺は口の中にあふれ出る涎を啜った。

 どうやら満足できる仕上がりになったらしい。味見のスプーンを流しに投げ捨ててアルマが鍋を片手にこちらに帰ってきた。

「はい、どーん!」

アルマが机の上に熱々の鍋を勢いよく置く。周りにトマトソースがこぼれるのもお構いなしである。それを布巾で拭きながら俺は鍋から香る芳しい香りに再び涎を啜った。堪らないこの匂い。ついに我慢できなくなった腹の虫が大きな声で鳴いた。

「よーし。食べるぞ!」

エプロン姿のままアルマが席に座り、両手を合わせて叫ぶ。

「いただきまーす」

それが食事開始の合図だ。ちょっと幼い挨拶ではあるが本人はそこまで気にしているわけではないらしい。そもそも誰かの目を気にするような性格ではないことは俺が良く知っている。

 俺は真っ先に鍋の中にフォークを突っ込んで一番大きな肉の塊を捕まえる。しかしアルマも負けていない。俺の肉が皿に置かれる前に肉自体を切り裂いて八割方の肉を自分の皿へと導く。

「何のこれしきっ!」

このままでは俺の分がなくなってしまう。空いたもう一方の手でスプーンを振るう。すくい上げる肉を裂かれないようにフォークでガードしながら皿へ。アルマはその隙に鍋の中の野菜の確保に移っている。まずいな。今回はアルマに負けるかもしれない。俺は急いで鍋の中(戦場)へと飛び込む。

「あの、僕の分はあるんデスカ?」

戦場で戦いあう俺たちを冷たい視線で見つめる彼女に俺たちの手は止まった。すっかり忘れていた。というかまだ居たんだ的な気分だ。

 色黒な肌にエメラルドグリーンの瞳と赤毛の頭。見るからに外国人といった風貌の少女はアルマに半ば無理やり風呂に連れて行かれ、今は随分マシな格好になっていた。拾ったばかりの時は泥か油かよく分からないもので髪の毛が濡れていたし、肌の色が分からないくらいに埃をかぶっていた。その汚れ具合は壮絶だったようで、あのアルマが風呂場で奇声を上げるほどだ。

「あ~えっとお前、名前なんだっけ?」

「アイリス」

見た目のわりに普通の名前なんだな。もの欲しそうに皿の上に並ぶ肉を見つめてくるアイリスに、俺は仕方なく我が戦利品の乗った皿を差し出した。

「そんな名前だったな。ほらお前の分だ」

「ありがとうございマス」

礼儀正しく俺の渡した皿を受け取るとアイリスはおまじないのような身振りをして、食事を始めた。そういう宗教なのだろう。

 それなりの教育や躾は受けてきたらしく、少なくとも俺やアルマのようにナイフを振ったり投げたりしないで彼女は落ち着いて食事を始める。しかし始めは大人しく食べていた彼女だったが徐々に食事の勢いが増していった。数分後には、もう一心不乱といった様子で口へかきこんでいる。相当腹が減っていたらしい。

 アルマは片肘をつきながらその様子を微笑ましそうに眺めている。当たり前の顔をして人を殴り飛ばすこの女にも母性本能というものがあったのか。正直アイリスの食欲よりもアルマのその意外な表情のほうが俺にとっては驚きだ。

 しかし、良く考えれば今この時こそ最大のチャンスなのではないだろうか。そう考えた俺はこの隙に鍋へとフォークを伸ばした。が、フォークが激しい金属音と共に目標物の手前で止まる。

「甘いな」

表情をそのままに視線だけをこっちに向けたアルマのナイフが俺のフォークに突き刺さっていた。食事とはまさに戦争である。俺はこれ以上の損失を避けるために大人しく手を引くことにした。


第十四回

堅苦しい登場人物が増えがちなので、いっそのこと自由奔放なキャラクターで話を引っ掻き回してみよう。そんな思いから登場する次のヒロイン「アイリス」です。シリアスな話もいいけど、いい加減な雰囲気と文章で気軽に読み切れるパートも重要だと思ったりします。

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