No.13 二話 ~1~
【コード2】
腹に刺さったナイフが酷く痛んだ。しかし抜けば出血多量で死んでしまう。医者ではないがそれぐらいの知識はある。この俺を誰だと思っているのだ。俺はこの苦痛の根源となった小僧の生首を机の上に叩きつける。虚ろな顔が虚空を見つめていた。
とにかく今は腹の傷を治す必要がある。下に転がっている死体の処理はその後だ。ナイフの柄をゆっくりと握り、俺は覚悟を決めて引き抜こうとした。
「手を貸そうか?」
不意に部屋に響いた声に俺は我に帰る。怒りと痛みで注意が散漫になっていたらしい。部屋に忍び込んだ溝鼠の存在に気が付かなかった。こんなにも糞みたいな臭いがする溝鼠に。
壁に寄りかかりながら腕を組む背広の男は熱湯も瞬時に凍結させそうな冷たい視線で俺のことを見ていた。ふざけやがって。俺をそんな目で見るとは俺の偉大さを何一つ知らない姑息な生き物ゆえか。まったくもって愚か極まる生き物だ。
俺は痛みを堪えて息を吸う。
「汚らしい愚民が・・・何のようだ?」
「あんたに用は無い。俺の用事はそいつにあった」
男は机の上に転がる生首を指差して言った。なるほど、この餓鬼は他からも命を狙われるような生き方をしていたらしい。自然とこみ上げる笑いが傷の痛みで引きつる。
「だが、今はあんたに用が出来た」
何を思ったのか男は懐から取り出した拳銃を俺に向ける。
何が起こっているのか理解する間も無く炸裂した発砲音で俺は地面に倒れた。頭が地面に叩きつけられて初めて俺は自分が撃たれたことに気がつく。息をしようとすると逆流してくる血液が食道を抜けて口腔から吹き出る。俺を見下ろし何か口にしている男を見上げ、俺は更なる憤怒に身を焦がした。
俺よりも愚かで最底辺に生きる無知で粗暴なこの生き物に殺されるのならば、俺は自らの成果の礎になることを選ぶ。死をも恐れぬ我が研究の成果を篤と味わうがいい。
そうして俺は自らの血を儀式にささげた。
二話
今日はやけに街が賑やかなような気がする。普段は無愛想な肉屋の親父がタンゴを踊っているとか、偉そうに道を歩く貴族の夫人が船乗りの歌を歌っているとか、そんな事はないのだが街全体がいつもと少し違うような気がする。そういえばいつもは処理場から出たがらないアルマが買い物についてくるのも珍しい。機嫌良く鼻歌交じりで歩いてるのが余計に不気味感じだ。
年季の入った石畳を踏みしめながら店舗のある店、仮作りの屋台形式の店、地面に布を敷いただけの露天販売の店などが並ぶ通りを進む。この辺りは街一番の大通りから枝分かれした道だが、それもあって普段から明らかに許可を取っていないような個人商店も多い。だがそれを含めてもいつもより品物や店の数が多いようにも思える。応じて買い物をしに来る客の数も多くなっていた。何度かすれ違いざまに肩をぶつけそうになりながら俺はアルマに訊いてみることにする。
「なぁ、アルマ。なんか今日はいつもと雰囲気違わないか?」
「ん? だって今月末はバルガ祭だろ?」
「バルガ祭?」
「なんだ、知らないのか?」
こいつは完全に俺が記憶喪失者であることを忘れてやがる。全くもって知らなかったみたいな顔で面倒臭そうに説明しだした。いや、面倒くさいならいちいち説明しなくていいんだよ。あんたの機嫌が悪くなるのがこっちにとっては一番厄介だ。
「バルガ祭ってのは昔からある喧嘩祭りでな、マフィアとか警察とかが有望な若者を見つけるために催したってのが始まりなんだよ。そのときの優勝者がバルガって男で、後々この国一の賞金首になった犯罪者なんだ。それが名前の由来」
「なんかいっぱい突っ込みどころがあるんだが」
「そうか?」
「そうだろ」
「ふ~ん」
自分の言っていることに何の疑問も持たないのがすごい。この街に住んでる連中はちょっとおかしいからアルマが特別ってわけではない。
だがしかし、それでもおかしいだろう。そもそも警察とマフィアが人材募集するという所がおかしいし、それでどうして喧嘩祭りをしようってなったのかが理解できない。そして祭りの名前に犯罪者の名前をつけるのもおかしい。この調子だとこの街の市長は指相撲の強い順でなってます、とか言われてもおかしくない。もしそうなったら俺ははっきり言ってやろう。せめて腕相撲にしなさいと。
だがしかし、ここで俺一人がわめいていてもどうしようもないのでひとまずそれで納得したことにする。あくまでひとまずだ。
「で、祭りが近いからって何で買出しにアルマもついて来るんだ?」
「お前一人だと喧嘩売られて買出しどころじゃなくなるかもしれないからな」
まだ祭りの前なのに喧嘩を始める輩がいる、といった口調だ。きっと前もってやっつけておけば本番でライバルが減る、なんて悪役的な考えをする奴がいるのだろう。この街の治安は大丈夫なのだろうか。がんばれ国家権力。
「というとあれか、女連れには喧嘩を売らないってルールでもあるのか」
「いいや、単に私が去年の優勝者だからだよ」
「お・・・おう・・・」
道理でさっきから人がアルマを避けていくわけだ。今度から喧嘩を売らないように気をつけよう。この女は可愛い外見して中身は熊か虎の類が入っているんだ。それも二足歩行が出来て言葉を喋るやつが。
「今日は何食べたい?」
獣の類にしては非常に可愛い笑顔を向けられて俺は引きつった笑みしか浮かばなかった。もちろんとても切れの良いローキックが飛んでくる。
「えっと・・・あれが食いたいな。トマトソースの中に丸めた肉が入ってるやつ」
「煮込みハンバーグか?」
「そう、それそれ」
ジンジン痛む左足をさすりながら俺は首を縦に振る。
アルマの作る煮込みハンバーグは絶品だ。口の中で肉汁が染み出てソースと交じり合うあの絶妙な美味さ。ちょっと肉が硬めなのがまた個人的には堪らない。幾つでも食べられそうなほどの絶品なのだが、アルマが作る料理以外の食べ物を食べた記憶があまり無いから単純に俺の舌がおかしいという可能性も無きにしも非ずだ。でもそんな事は口が裂けてもいわない。作ってもらえるだけありがたいと思うべきだろう。
「う~ん。じゃあ今日はそれにしよう」
「やった!」
俺は周りの目も気にせずにガッツポーズを決める。
と、その拍子に足の裏に妙な感触がした。何か踏んだみたいだ。俺は視線を足元に下ろす。黒い襤褸を来た子供がそこには倒れていた。一瞬腐った死体に見えたのはきっと職業病だろう。見たところ一応、その子供はまだ腐っていないようだった。
「何だこれ?」
「あ~、行き倒れだな」
「こんなご時勢に行き倒れかよ・・・・」
ちょうど頭の辺りを踏みつけている足をそっと浮かしてみるとまだ息があるみたいだった。近くで観察しているとその子供は苦しそうに俺の足を捕まえてきた。
「お・・・・お腹ガ・・・・」
「まだ死んでないみたいだな。なら放って置こう。時期にうちに来るだろ」
アルマが道端のウンコをいじるように木の棒で子供の頭をつつく。確かにそうだろうが流石に子供相手にそれは可哀想じゃないかな。
「な・・・何かお恵みヲ・・・」
「肉ならうちに一杯あるぞ?」
「肉・・・肉食べたイ・・・」
「人肉だけどいいよな。タダだし」
子供はアルマの言葉を聞き、咄嗟に俺の足から手を離した。そしてものすごい勢いで首を明後日の方向へと向ける。気持ちは分かるが態度があからさま過ぎやしないだろうか。再び死人のフリをする子供を掴んでアルマが首をかしげた。
「死んだか?」
「・・・かもな」
「なら業者の手間にならないように持ってこう」
「それがいい。名案だ」
なんだかかばってやるのも面倒くさくなって俺は哀れな行き倒れ少女を見下ろした。未だ頑なに視線を合わせないようにしているが、首がプルプルしていて故意にやっているのがすぐ分かる。
何だってこの街はこんな変な奴ばかり集まるんだろう。もしかするとここは変人たちのメッカか何かなのだろうか。だとすると俺も直に彼らに仲間入りしてしまうのかもしれない。本気で引越しを考えようか迷うところである。
「ほら、買出しするぞー」
ゴミ袋を持つのが面倒になった近所のおばさんがよくやっている方針で子供を引きずりながらアルマがどんどん先に進んでいく。まるで人さらいだ。出来ればあの隣を歩きたくないなぁ。そう思いながら俺は二人の後を追った。
第十三話。
新しい物語が始まります。話の冒頭は筆が進むということもあってどうしても長くなりがちです。冒頭部分の【コード】は話の流れ上、組み込めなかった真実に近い部分を抜き取っています。誰かの記憶、でしょう。その辺も読み返していただけたら楽しんでいただけるかな、と思います。毎回読んでいただいている方、新しく読み進めてくださっている方、皆様ありがとうございます。よろしければご意見ご感想、残していただけると歓喜します。
青六。




