表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
初めまして、クレイマン  作者: 青六
12/40

No.12 一話 ~11~


 もう何がどうなっているのか私には理解が追いつかなくなっていた。考えを整理する時間もなく生き残った幹部たちを屋敷の外へと誘導する。日も暮れて気温が低いにもかかわらず顔は紅潮し、シャツが汗で背中にへばりつく。屋敷の外には騒ぎを聞きつけた街の警官や近所の野次馬が群れをつくり、未だに銃声の響く二階の窓を見上げている。外に出れば安全なんて誰も保障していないが、とにかくあの化け物から離れるのが一番最優先だった。

 屋敷の外に飛び出して私は呼吸を整える。たった数十メートルしか走っていないのにやたら息が切れた。人々が見上げる窓の向こうでは機関銃の発光が点滅している。きっと中は惨い戦場になっているはずだ。そしてボスはそこにいる。私は戻らなくていいのだろうか。そんな考えが頭にめぐるようになった時だった。

 二階の窓が勢い良く飛び散る。ガラスだけではない。窓枠の木片まで私たちの頭に降り注いでくる。見上げれば誰かがあの化け物に咥えられながら窓枠に叩きつけられていた。ずたぼろに破けた服の合間から見える翼の刺青。ボスだ。間違いない。大きく振り回されるボスは何処から持ち出したのか赤い爆薬を片手に持っていた。

 まさか。私は自分の考えを理解する前に叫んでいた!

「ボスッッッ!」

私の声と同時にボスの持った爆薬が、起爆した---




 ルッソファミリーの屋敷が吹き飛んで三日後。新聞の上ではやれお礼参りだの、やれ身内の諍いだの盛り上がっているようだが、その事件の当事者本人がようやくお出ましになった。

 数日振りの晴天に私は気分良く事務所前の古びたベンチに腰掛けて空を仰いだ。冬に良く見る薄い高層雲が動いているのか動いていないのか、無機質な青空に淡い色のコントラストを描いている。

 私は新聞紙をたたんで、イキシアから聞いた話を一通り思い出した。

「つまりクレイの顔がイド・リヴァーになって、その後その化け物と一緒に吹き飛んだって言うのか?」

「信じられないかもしれんが大方その通りだ」

「ふ~ん。で、当の本人は何も覚えてなくておまけにピンピンしてると」

ちょうどイキシアの肩辺りに処理場の屋根に上って雨漏りを直しているクレイが見える。三日前に自爆した割には随分元気そうだ。この分なら二日ぐらいは休まず働かしても大丈夫に違いない。

「クレイマンは本当に何も覚えていないと?」

私もやけに疑われているみたいだ。二回目の質問に私は大人しく頷いた。

「何も覚えてないらしい。目が覚めたら死体処理場の溝で寝てたってさ」

「あの臭いの中で、か・・・・」

いかにも嫌そうな表情を浮かべてイキシアは鼻を啜った。慣れないと確かに酷い臭いだ。普通の人間なら二~三日は鼻から臭いが取れなくて飯もまともに食べられなくなる。すっかりそれに慣れた私たちはそこまで気にならないのだが。

「それはそうと、新聞見たぞ。新しいファミリーのボスになったらしいじゃないか。おめでとう」

「手放しに浮かれていられない。これからが大変だから」

思っていたような反応が返ってこず、イキシアは物寂しい目でクレイを見た。屋根によじ登ったクレイは金槌を振って作業中だ。ここから見れば五センチ程にしかみえないクレイを見つめ、彼女は一体何を思っているんだろう。それは私にはとても分かりそうになかった。

「私たちがファミリーとしていられるのはあなたたちのおかげだ」

「私は何もしてないけどね」

「大事な労働員を借りた」

冗談めかした言い方でイキシアは笑顔を浮かべた。きっと心に絡み付いていた何かが落ちたんだろう。表情の変化が自然になったような気がする。

「まぁ、また借りたくなったらいつでも来なよ。あれもきっと喜ぶからさ」

私が顎でクレイを指し示すと何が嬉しいのか微笑を手で隠して彼女は肩をすくめた。

「だといいが。もうそろそろ行くよ」

「なんだ? もうちょっとであいつも帰ってくるぞ?」

「いや。これから用事がある。それに・・・・」

イキシアはそこで口を閉ざした。そして自分を納得させるように頷くと椅子から立ち上がった。

「彼に『ありがとう』と伝えてもらえるか?」

「うん、伝えておくよ」

「では」

「うん」

イキシアの後ろ姿が通りに出る道へと遠ざかっていく。それを新聞の影から眺める私。

 結局言い出せなかった話があった。私は新聞をベンチの上に投げ捨てて事務所に入る。事務所の中はいつもより静かに思えて背中に寒気すら覚える。私の机の上に置かれた発砲スチロールの箱。その蓋をそっと開くと一つの生首。不思議と目立った損傷はなく、虫も沸いていない。髪の毛を掴んで取り出すと、私はそれを光の元にさらけ出した。

 細い目に彫りの深い顔つき。重力にだらしなく開いた口が何かを語りかけるように揺れ、半開きのその瞳は虚ろにどこか遠くを見つめている。

「流石にこれは見せられないよなぁ・・・・」

なんともいえない気持ちで、私は誰に言うわけでもなく呟いた。外ではまだクレイの振るう金槌の音が寂しく響いていた。



第十二回。

イド・リヴァー編、終了です。まだまだ不思議がいっぱい。後に引きずる虚しい気分が残りますが、次回からは二話に入ります。新しいヒロインの登場もありますのでこうご期待。個人的にはイキシアが一番好きなのですが…。その辺も含めてご意見ご感想、お待ちしております。


青六。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ