No.11 一話 ~10~
久しぶりに聞くあの泣き声が俺を呼び起こした。全く気分の悪い目覚めだ。嫌々ながら目を開けると見覚えの無い景色が広がっていた。床に広がる血に、飛び交う怒声と銃声。だがそこには唯一見覚えのある顔があった。
「また泣いてるのか、イキシア?」
やけに重たい体を起こして俺はイキシアの頭に手を載せた。真っ赤な手で覆い隠した顔が驚きの表情とともに現れる。
「・・・・・イド?」
「何時までたっても泣き虫イキシアだな、お前は」
イキシアは何をそんなに震えているのかと思うほどカタカタと歯を鳴らしながら俺の顔に触れた。さっきから気持ちが悪いと思っていたが、どうも顔を覆い隠すように包帯が巻いてあったらしい。一体何があったのか。俺は邪魔な包帯を引きちぎって息を大きく吸い込んだ。
何か足りないような気がする。そうだ、煙草だ。俺は血でずぶ濡れになった背広から煙草の箱を出す。幸い中の煙草まで濡れていなかった。一本を咥えて火をつける。懐かしい匂いが鼻を抜けていった。
「さて、どうしたものか」
この状況になるまでの記憶は無いはずなのに何故か素直に状況が理解できる。何を言っているのか分からないかもしれないがそうなのだから仕方が無い。さっきから血染めになったシャツに顔を押し付けて泣きじゃくるイキシアを押しのけて俺は立ち上がった。横腹に刺さった椅子の足がゆらゆら動くが不思議と痛みは無い。
「イキシア、他のファミリーの幹部を連れて外に行け」
「・・・うん」
顔中グシャグシャにしてもイキシアは首を大きく動かす。彼女はこの場で一番にする事は良く分かっている。小さいときからいろいろと仕込んできた甲斐があったというものだ
が、それはともかく酷い顔をしているものだ。これでは見ているほうが心配になる。俺は床に転がっていた自分の帽子を拾い上げてイキシアの頭にかぶせた。それがいつかの光景と重なって見えた。そして俺はなんとなく自分の定めを理解する。
「俺にもしものことがあったらファミリーの事は頼む」
「・・・・・・・・嫌です。ボスがちゃんと戻ってくるって約束しろっ!」
イキシアは敬語もうまく使えないほど感情が高ぶっているようだった。俺は無理やりイキシアの頭を掻き撫でて慣れない笑みを浮かべる。上手く笑えているかどうか分からないがそれなりの顔は出来ているだろう。理屈の無い予感が彼女に合えるのはこれが最後だと告げている。それでも俺はやらないといけないことがあった。
隣の男からトンプソンを巻き上げてイキシアの援護をするように命令する。この状況だ、強引に命令すれば大抵のやつはそれに従う。まだ弾丸の残っているトンプソンを片手に、もう片手に使い慣れた拳銃を下げて俺はあの化け物に向かい合った。
時間を稼ぐだけで十分だ。幹部が逃げる時間を作れば後は何とかなる。後ろで扉の閉まる音が聞こえ、部屋に残った最後の仲間が息絶えた。ここに残ったのは俺と化け物、一人と一匹。ごろごろとのどを鳴らす化け物は様子を窺い俺を見つめてくる。
改めて見ればやはりあの時の化け物だ。あの時、酷く暑い夜に俺を殺したあの化け物。どうして俺がここにいるのか分からない。だが借りを返すなら今ここしかない。俺は化け物に照準を定めた。
「少し踊ろうか?」
俺の問いかけに化け物は大きく口を開けた。
第十一回。
どういう展開? という方。色々な謎が少しずつですが解き明かされていきます。クレイマンという人間が一体何者なのか、気長に楽しんでいただけたら嬉しいです。もっと一度に読みたい、更新のペースを早くして、などなど自由なご意見お待ちしております。
青六。




