7話 ギルドマスターは娘大好き
ユチルさんの顔を見ると、「しまった…」と言った感じの雰囲気がありありと浮かんでいた。
飛び出してきたおっさんもなんか固まっている。
ばたんっ
開いた時と同じくらいの勢いで扉が閉まった。
「…マスターです」
片手で頭を押さえながらぽつりと呟く声。
この部屋から出てきたんだから、そうだろう。
それよりも、ものすごく親しそうだったけど、どんな関係なのかが気になった。
実は少年少女には言えないようなそんな仲だとか…。
「何を考えているかわかりませんが、その…父です」
「…はい?」
「私の父です」
「……娘大好き?」
「病的に」
なんとなく理解できた。
ユチルさんは、俺がギルドに来たら部屋に連れてこい、とは聞いていた。
だから、俺が来たから連れて来た。
だけど事前にマスターに伝えたわけではない。
現に俺も、ギルドに来て何かしら待つこともなく、そのままユチルさんに連れられてマスターの部屋まで来たし。
そして病的に娘大好きな親父。
娘の声が聞こえた瞬間に飛び出して来た、と。
俺がいると知らずに。
威厳も何もぶん投げたまま。
「…大変っすね」
「すみません…」
こういう時なんて声をかけていいかわからないの。
『入れ』
少しの気まずい雰囲気の後、部屋の中から静かな声が聞こえた。
さっきの件がなければ、ちょっとビビる感じの厳かな声。
改めてユチルさんを見ると、ため息をついた彼女が、失礼します、と扉を開けた。
彼女の後について部屋の中へと入る。
執務室といった感じか。
さっきのハイテンションなおっさんが机で書類に目を通している。
ちらっと見えた書類の文字が逆さまじゃなかったら、かっこよかったかもしれない。
「ムラサキ様をお連れしました」
「ああ、ご苦労。…よく来てくれた、ムラサキよ。俺がこのギルドのマスター、ミルトリアド・ユチルだ」
「村崎 紫朗…あ、シロウ・ムラサキです」
名前を先に言う習慣が慣れない。
思い出したように言い直して。
「早速だが、カードを見せてもらおうか。…ああ、かたくならんでいいからな?」
「あ、はい。えーと、お互い様で」
ギルドカードを取り出しながらそう答えた瞬間、マスターが書類を机に放り出して、明らかに雰囲気を弛緩させた。
「いや、マジすまんかった。一緒にいるとは思わなくてな」
「マスターっ!」
「あ?大丈夫だって、トリアちゃん。こいつもお互い様だってんだし」
「…もう…ムラサキさんも甘やかさないでくださいね?」
え、俺?
完全に親父さんの自業自得だと思うんだけど。
見せてみ、と手を伸ばすマスターにギルドカードを渡しながら、微妙な笑みを浮かべる俺。
「…なるほどな。確かにレベルが0か」
やっぱりそこなのか?
呟いたマスターの声に次の言葉を待つ。
「本来、当たり前だがレベルは1からだ。登録までに経験を満たしていた場合、上昇した値から表示されることはあるが、0は見たことがない」
登録までに、とは俺みたいにゴブリンを倒していたりした場合。
なのに俺はレベルが上がっているどころか、0だ。
「更に…」
マスターがギルドカードを出す。
見ろ、ということらしいので遠慮なく見せてもらう。
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名前:ミルトリアド・ユチル
年齢:39
性別:男
Lv:45
Rank:Master
命力:315/315
術力:81/81
体力:52
腕力:61
脚力:41
知性:45
精神:40
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レベル45は高いんだろうな。
ランクが「Master」てのはなんだろ。
確かSまでのはずだ。
ステータスは俺とはさすがに違う。
正直言うと、もっと高いのかとも思ったけど。
スキルが見えないのは、多分開示してない。
そりゃそうだ。
手の内を簡単に晒すとか組織の長として無警戒にすぎる。
「見てわかると思うが、俺のレベルでステータスはこうなってる。ステータスは基本的にレベルの上昇と共に変動するが、必ず変動するわけじゃない」
上がることもあれば、上がらないこともある、ということか。
結構シビアなんだな。
となると、マスターの数値は多分、単純に高いと思う。
「ランクに関してはギルドマスターになった時点で書き換える」
ちなみに元Aランクらしい。
なるほど、「Master」はギルドマスターのことか。
「そこで、だ。お前のステータスなんだが」
俺のカードを机の上に置いて言葉を続けた。
「レベルを一旦無視しても、高いんだ。特に精神はレベルが10だったとしてもありえない」
「…どういうことですか?」
「わかりゃ苦労しねぇよ」
両手を掲げてお手上げ、みたいなポーズを見せる。
「しかも固有スキルを三つも持ってやがる。こんなもん、もう俺の管轄じゃないな」
出会って数分で完全なるお手上げ状態に持っていかれた。
何かしらわかるかもと思っていたけど、どうもそんな話じゃないらしい。
お手上げなのはこっちの方だよ、コンチクショウ。