6話 帰ってきた偉い人
あれから1週間。
なんとか日銭を稼ぎつつ、いい加減服も着替えた。
やっすい服屋で買ったようなやつ。
いわゆる布の服的な装備。
意外にもユニ◯ロみたいな感じで、いくつかカラーバリエーションもあった。
こういう時紫を選ぶのはなんだろう。
着替えた瞬間に、改めて、異世界に来ました感が身体全体を包み込む。
依頼は主に、街の清掃と薬草集め。
薬草は最初見分けがつかなかった。草じゃん。
鑑定できるようなスキルがあれば楽だろうな。
残念ながら俺は持ってない。
街の清掃はいわゆるゴミ拾い。
どちらとも、ギルドに登録したばかりの冒険者が、依頼を受けられなかった時にギルドが用意してくれる仕事。
遠慮なく活用させてもらってる。
ちなみにサボりはバレる。
ギルドカードにちゃんと全部記録されている、とのこと。
但しそれを確認できるのは、ギルドの人だけ。
やっぱりその辺しっかりしてる。
◇◆◇◆
ギルドで登録した日、受付さんにちょっと口をきいてもらい、魔石を売った金で泊まれる宿を紹介してもらった。
風呂は別料金のため、タオル的な布と桶をレンタル。お安め。
井戸で水を汲み、念入りに身体中拭きまくって幾分かサッパリと。
湯船にゆっくり浸かりたいけど、今後のことも考えて、ここだけは慣れないと仕方ない。
それから部屋で、ようやく例の巻物を開いた。
『やっほーっ!神様だよっ☆
優しい私がこの世界のことを教えてあげるから、しっかり覚えておくようにっ!
あ、他の紙に写したりしても無駄だからねー。
一応神様の言葉だし、神託扱いになっても面倒だしねー。
というわけでよろしくっ!』
初っ端に、そんな文章が目に飛び込んでくる。
破り捨てたくなった。
身体を拭いたのとは勿論別で、汲んできた水をぐいっと飲んで落ち着く。
そう冷静に。
俺は冷静だ。
この世界のことを知らなけりゃならないんだ。
早く帰るために。
ふぅ…続きを読む。
◇◆◇◆
1時間ほどして読み終わった。
水を飲む。
要約すると、
・世界の名前は「ミル・ロール」
・いくつかの大陸と国家からなる世界。
・種族は色々いる。
・モンスターを倒したりして経験値を手に入れる。
・ギルドで依頼をこなしてお金を稼ぐことができる。
・×魔法 ○術
・×魔法使い ○術士
・術の使い方は使ってたらわかる。
・武器で戦いたいならギルドに教えてくれる人がいるからそっちで。
・金貨、銀貨、大銅貨、銅貨がある。価値は使って覚える。
『なお、この説明書は自動的に消滅するっ!君の健闘を祈るっ!』
最後のこれを読んだ直後、巻物は音もなく消滅した。
大きく息を吐く。
巻物は爆発しなかった。
「…ちょいちょい雑すぎるだろっ!」
俺が爆発した。
それから30分くらい、いろんなツッコミいれたり、キレたり、寝っ転がってジタバタしたりして、ようやく落ち着いた。
元の世界に帰る前に、一発殴ろう。
新たな目標だけ頭に刻んで。
◇◆◇◆
そんなわけで、今日もギルドにやってきた。
受付に向かいユチルさんに声をかける。
ちなみに自分のギルドカードでわかったけど、姓名の表記は名前が先に来るらしい。
「おはよーございます」
と、俺の顔を見た彼女が、あっ、と受付の中から上半身をずいっと出すようにしてきた。
「ムラサキさん!」
まだ1週間だけど、ずっと彼女に世話になっているからか、ちょっとくだけた感じになっている。
多分年上だろうけど、登録手続きの時からいちいち可愛い仕草に、まさか年下?とかも時々思ってしまう。
「マスターがやっと帰ってきました!」
「マスター?」
そういえばギルドマスターは、今いなかったんだったっけ。
ほとんど受付の職員さんとしか絡んでないから、忘れてた。
と言って、マスターが帰ってきたから…なんだっけ?
「はい、やっとムラサキさんのステータスに関して、確認できます」
「……そーっすね。待ってましたヨー」
「ぜっったい忘れてましたね?」
呑気な人ですね、と、ため息まじりに呆れられた。
気は長い方だと自分では思ってる。
ただし、神さんを相手にする以外に限る。
ユチルさんが、それより、と続けた。
「ムラサキさんがいらっしゃったら、部屋にお連れせよ、と頼まれてるんです」
本来なら二つ返事で受けるとこだ、わかってる。
とは言っても、話が長くなれば依頼をこなす時間が減ってしまう。
それは俺にとって死活問題だ。
せめて宿代だけは抑えておきたい。
でも、飯さえ我慢すればいけるかな…。
昨日の残りなんかあったっけ。
「ま、いいや」
ユチルさんに了承を伝えて、それではこちらに、とギルドの二階へ案内してもらう。
その途中で、後ろから「あの新人、何やらかしたんだ?」とか、そんな感じの声が聞こえる。
そういうことを言われると、何もやらかしてなくても不安になるのは、仕方ないと思うんだ。
「大丈夫ですよ。貴方のステータスの確認だけ、ですから」
そんな俺の不安を察してくれたのか、安心させるようなことを言ってくれる。
この人は本当にできた人だと思う。
そうして奥の部屋の前に来ると、扉を開けノックした。
「マスター、失礼します」
と、部屋の中からドタバタと音がして…
ばたんっ
勢いよく扉が開いた。
「トリアちゃぁぁぁんっ!」
鎧を着込んだおっさんが、満面の笑みで、ユチルさんをちゃん付けで呼びながら、飛び出してきた。