3話 バケモノのお仕事
「――帰りなさい」
「おや、酷いな火澄。いきなりそれかい?」
衣服を整える円を背に隠して、私は苺と相対した。
「何しに来たのよ?」
「何って、斎宮が呼んだんじゃないか」
「円?」
「うん、オレが呼んだんだ。いれば便利だし」
背中越しに聞こえる円の声に、私はあからさまに溜息をついた。
――音原苺。
斎宮家傍流の娘で霊能力を持たないまでも、表から裏まで彼女の知らない事はなく。
あちこちに顔を出しては、面倒事を呼び込むトラブルメイカー。
「斎宮は、また自分のことをオレって呼んでいるね。いい加減直したらどうだい? 美少女に似つかわしくないよ?」
彼女は丸眼鏡の奥、チェシャ猫みたいな目をくるくるさせて、道化の様に振る舞う。
――性別なら知っている癖に、わざとらしいわ。
「貴方だって、僕と言っているでしょう。人のこと言えた義理?」
「僕は、似合っているからいいのさ」
――確かに。
苺は小柄な背に短い癖っ毛の、ボーイッシュな格好をしている。
――だからといって。
「なら、いいじゃない。円だって似合っているわ」
彼女の丸眼鏡の奥、チェシャ猫の様な目が、興味深そうに光った。
「へぇ……。まあ、そう言う事にしておくよ」
「オレのことは、どうでもいいから、とっとと調査に行ってこいよ」
制服を整えた円は、焦ったように言う。
「わかったわ、今晩、期待してるわよ」
「お熱いねぇ、お二人さん」
「馬鹿言うんじゃないの」
私は苺を連れ立って、調査に向かった。
■
東京郊外にある、人口七万人ほどの樹野市。
その中央部に、この樹野女学園は位置していた。
大地を水脈の様に流れる、霊的エネルギー、霊脈と呼ばれるものがある。
学園はその霊脈の上に建ち、代々斎宮家の人間によって管理されている。
元々、陰の気が溜まりやすく。
周りの土地と比べ、過剰なほどに化生となる人間が頻出する、不安定な土地だった故に。
陽の気を多く持つ若者を大勢暮らさせることで、土地の安定を図った事が学園の始まりである。
学園には二つのグラウンド、三つの校舎、部室棟や体育館などを兼ねた多目的ホール、樹野館で成り立っている。
生徒会室がある樹野館は、三年の校舎から一番遠い。
――そういえば、さっき食べた時も三年校舎の中庭だったわね。
私は道すがら、苺に尋ねた。
「三年二組の情報を吐きなさい」
「吐けって、つれないなぁ。まあいいや、それじゃ、昔々ある所に――」
「手短になさい」
「この時期によくある三年のクラスさ。受験前でピリピリしてるよ」
「――苺?」
「まぁまぁ、待ちなよ火澄。此処からさ」
苺は眼鏡をキラリと光らせ、グフフと不気味に笑った。
――キモい。
「キモい」
「ひどっ! 僕の強化ガラスハートが崩れたよ!」
「傷ついてる暇があったら、とっとと有益な情報を出しなさい」
「火澄はツンデレだなぁ」
「…………」
私は、冷たい目で苺を見る。
「あー、わかったわかった。実はここだけの話、行方不明者が出ているんだ」
「円は何も言ってなかったけど?」
「まだ、表沙汰になってないだけさ。担任の風流先生と恋仲に落ちた生徒が不登校の末、行方不明になったらしい」
苺は目を輝かせて言った。
「――呆れた。どこからそんな話し仕入れてくるのよ」
「それは、企業秘密さ」
「はいはい」
「それより、火澄がさっき襲ってた子」
「それが?」
「あの子、三の二の子だろう、何かいい話し無いのかい?」
――なるほど。あの娘の歪みは、先生から来ている可能性があるのね。
「……思ったよりすぐ楽しめそうね」
「火澄?」
「さ、ふざけてないで行くわよ」
「まずは、三の二から? それともセンセイのいる理科準備室からかな?」
「私は先生へ行くわ、貴女は三の二に行きなさい」
三年の校舎に着いた私達は、二手に分かれて行動を開始した。
本日三話目、続きは明日です。