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12話 バケモノと依頼人の女



「御当主様お久しぶりで御座います。――火澄様、始めまして。わたしは寺浄暦じじょうこよみと申します。以後お見知りおきを」


 見知らぬ生徒もとい、寺浄暦は空気など気にせず淡々と言った。


 ――恐らくこの寺浄とやらが秘策とやらね。


 さり気なく耀子を外すあたり、美味しい事をしてくれる。


「ちょっと! わたくしを無視しないでくださる!」


「えっと? 何方でしたっけ?」


 案の定怒り出した耀子が、寺浄にくってかかる。


「アナタ、寺浄家の者でしょう。なら覚えておきなさい! この私が、阿久津家の当主、阿久津耀子ですわ!」


「ああ、あの没落した」


「ぼ、没落などしていませんわ! ちょっと傾いて――」


 耀子がプリプリ怒っている内に、私は円に質問する。


「円? あの娘と面識あるの?」


「そういえば、火澄はそっち方面知らないんだっけ。寺浄暦、ウチの分家筋の橘家に代々仕える寺浄家の長女」


「へえ、分家筋の……」


 ――そういえば、この前の風流センセイも分家筋の人だったかしら?


「この樹野は、存外狭いよ親友。そういう事もあるさ」


「なにがそういう事なんだ? 音原」


 私は溜息をついた。


「いつもいつも思うのだけど、貴女、私の思考でも読んでいるの? 言葉を挟んでくる時期が丁度良すぎるのだけど」


「僕は、君の大親友だからね!」


 私は苺の胡散臭い笑顔を半目で睨む。


「良くわからないけれど、仲がいいのに越したことはないよ。……耀子ちゃんともこの調子で仲良く出来ないの?」


「あの子は敵よ」


「大丈夫だよ斎宮、火澄はツンデレだから」


 ――言葉の意味は解らないけど、ここは殴っておくべき所かしら?


 私が拳を握りしめるのを見た苺は、慌てて寺浄と耀子の仲裁へと逃げた。


「まったく、苺にも困ったものね」


「そんな事言って、火澄笑ってるよ」


 肩を竦める私に、円はにこにこと指摘する。


 ――あら?


 窓ガラスに反射して写る自分は、確かに笑っている。


 その姿はまるで――


「普通の女の子みたい。可笑しいわ」


 ――バケモノには、似つかわしくないわね。


 そう自嘲する私に、円は真面目な顔して言う。


「そう、オレは似合っていると思うけど」


 ――え?


「どういう意味なの? それ」


 私は理解できずに、聞き返す。


 円は少し照れくさそうに、けれどもしっかりと私の目を見た。


「どうもこうも、火澄見たいな綺麗な女の子には、笑顔が似合うよ」 


「っ!」


 ――そんな真直ぐな言葉、言わないで欲しいわ。


 胸の奥に、蜜で溶かされる様な甘い痛みが走る。


 頬が紅潮を始め、私はそれを隠すように両手で押さえ、円と反対の方向を向く。

 勝手な期待を始める思考を振り払うように、自分はバケモノだと繰り返し唱える。


 ――私と円は主従関係、ただの主従関係。


 好きという感情を自覚しただけで、こんなにも自分が崩れるとは予測していなかった。


「…………それと火澄」


「何? 円」


「………………口紅、似合っている。可愛いよ」


 ――どうしよう!


 私は思わずしゃがみこんだ。

 嬉しさと恥ずかしさで頭の中が一杯になる。

 心臓の鼓動が早鐘を打ち、円にその音が聞こえるのではないかという錯覚さえ起こる。

 頬の紅潮が広がり、耳まで真っ赤になっているのを感じる。


「うぅ」


 ――円の顔が見れない。どうしよ――。


「――何、勝手にいちゃついてるんですの!」


 いっぱいいっぱいな私を助けたのは、図らずとも恋敵である耀子であった。


「ふう、君達は目を離すとすぐ百合百合するねえ」


 こちらに向けてバチコーンとウインクをする苺。


 ――不覚だわ。


「……噂道理、斎宮会長と伊神副会長は只ならぬ仲だったとは」


 こちらはこちらで、聞き流せぬことを言う寺浄。


「何その噂! オレ初耳だよ」


 円は顔を赤くしながら私と寺浄たちへと視線をふらつかせる。


 ――私だって初耳よ。


「あれ? 初耳って顔しているね親友。我らが樹野女学園の生徒会長と副会長は出来ているって話、有名だよ」


「ええ、お二人が禁断の関係だという噂は、中等部の一年でさえ知らない人はいませんよ?」


 驚愕の話をする苺に、それを淡々と補足する寺浄。


「いったい、なんでそんな事になっているの?」


 感情の上下に疲れながら私は苺に問う。


「それはだね」


 苺はくっくっくと笑いもったいぶる。


「そーれーでぇー? どういう事なんですの? 苺、もったいぶらずに教えなさい」


 そして何故か目の据わった耀子が、怒りながら先を急かす。


「わくわく」


 なおも淡々と言葉を発する寺浄も、好奇心に溢れた目をしている。


「いいだろう、そこまで言うのなら! この、偉大なる僕が教えて進ぜよう!」


「誰もそこまで言っていないし、貴女は偉大でもないから、もったいぶらないで」


「火澄は酷いねぇ。とそれはそれとして。そう、総ての黒幕は僕だよ!」


 ――へぇ、そういう事。


「死になさい」


「音原、まったく君は……」


「それはないですわ、苺」


 私達は、苺を殴るため包囲を始める。


「わわわわわわ! ちょっと待った! 話せば解る! そう、総ては愛故なのだよ! 愛は総てを救うのさ!」


 ひぃと悲鳴を出し、逃げだす苺。


「ほどほどにしといて下さい皆様。わたしの相談もお忘れ無きよう」


 寺浄は、苺が生徒会室の扉を出る前に、力を使い不可視の罠を使おうとする私より早く。


 スカートの中から取り出した鞭で、苺の足を絡め取り転ばした。


「ナイスですわ!」


「わたしの愛のほうが、音原様の愛より強かったと言うことですわ」


 ――何かズレているわねこの娘。けど良い腕している。


「寺浄とか言ったかしら」


「憶えていてくれておりましたか。火澄様!」


 淡々とした口調の中に、喜びを見せる寺浄。


 ――やっぱり変な娘。


「貴女、気に入ったわ。その相談とやら聞かせなさい」


「有難う御座います」


「ちょっと待ちなさい! その話、わたくしも噛ませなさい!」


 場所を変えて詳しい話を聞こうとする私に、慌てて割り込む耀子。

 結局、苺の処分を円に任せて三人でケーキ屋に行くことになった。

 去り際に苺が意味ありげな顔でウインクをしたが、私は無視した。



この後、夜八時に予約投稿してますん

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