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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

愛について

何かが繋がる日

作者: 杉村 衣水

気付くと目で追っている。

馬鹿な事をしたと思って瞼を伏せた。

いつもだ。


「二見くん」


「ん?」


休み時間、手洗いから教室に帰って来た所をクラスの女子に名前を呼ばれて振り返る。

この子の名前はなんだったろうか。

欠片も思い出せないのに、この子はなんで俺の名前を知っているのだろう。


「数学の課題、二見くんだけ出してないよ」


「あ。あー、ごめん。出すわ。……なんだっけ」


「この間配られたプリント二枚! 私教科係だからさ」


「ああ、はいはい」


机の脇に下げたカバンの中を漁る。

出しそびれていただけで、やってはいたのだ。

少しシワの寄ってしまったプリントを手渡す。


「はい、ありがとう」


渡せばそれで用件は終わりかと思ったが、彼女は立ち去る気配が無かった。


「二見くん、数学得意?」


「は? まあ」


教科の中では一番好きで、頑張らなくてもテストで80点以下は取った事が無い。

彼女は俺のプリントを見つめたまま、「すっきりしてる」と呟いた。


「なに、数学苦手なの?」


「うん、そう。よかったら、教えてくれないかな? 次のテスト範囲、……本当に危ない」


苦笑いを浮かべて肩を落とす。

テストはもう来週に迫っていた。


「別に、良いよ」


視界の端に木崎が映った。

彼は俺を気にした風も無く、クラスの奴らと笑顔で話している。


「放課後で良い? 今日からやる?」


「えっ! ありがとう!」


顔いっぱいで笑う彼女は頬を赤くした。

素直な人だ。木崎もこれくらい素直なら、俺はこんな気持ちにならないのに。

別に木崎とは一緒に帰る約束も、会う約束もしていない。

ただいつ来るか解らない連絡に期待して、自分で予定を入れていないだけだ。

……そんなのは阿呆らしい。


放課後、彼女の席の前に座り、背もたれを抱える。

ぱらぱらとクラスメイト達が教室を後にしていく中、何人かに声を掛けられた。

冷やかし混じりのそれらをあしらいながら問題集を開く。

木崎と視線が合うかもしれないと思うとそれが嫌で、顔が上げられなかった。


「今度の範囲のどこが危ないの? 基礎から? それとも応用になると解らない?」


彼女の問題集には名前が書かれていた。

細い黒ペンでバランス良く「原 洋子」とある。

真正面から名前を訊くのも憚られたので助かった。


「公式は覚えてるんだけどねー、どの時にどれを使えば良いのか解って無い、って感じ」


「そっか、理解出来てない所が自分で解ってれば教えやすい」


今回の範囲で使われる公式はいくつかある。

とりあえず問題集の数字を少し変えて彼女に解いてもらった。

どの問で引っかかりやすいのか、どの組み合わせが苦手なのか見つけ出し、そこを復習った後、応用の文章題で一気に叩き込む。

使いどころが解れば解くのは早かったし、覚えるのが苦手な訳では無さそうだった。

何かを問えばしっかりと反応を返してくれるので、勉強していて少し楽しい。


「なんだ、出来るじゃん」


「二見くんの教え方が上手いからね」


原はにっこりと笑い、ルーズリーフに付けられた赤丸を見て満足そうにした。

窓の外は薄らと暗くなっている。

時計を見れば17:30になっていた。


「そろそろ帰ろうか」


「うん、ありがとう」


「明日は? 明日も勉強する?」


「良いの!?」


「テストが不安だったら良いよ」


「お、お願いします!」


「家は近く? チャリ通?」


「歩いて15分くらいかな」


「じゃあ送るよ」


荷物をカバンにしまい、立ち上がる。

先行して教室を出ると、原は慌てて後ろをついて来た。


「い、いいよ、二見くん駅行くでしょ? 反対方向だよ!」


「そんなん良いよ別に」


なんで俺が電車通学だって知っているのだろう。

皆誰がどこに住んでいて、何で通っているのか把握しているものなのだろうか。

俺が周りに興味が無いだけなのだろうか。


「場所解んないから、先歩いて」


「あ……ありがとう」


「良いって」


話す事が有るかと言えば何も無い。

他人との沈黙が苦手では無いから俺は気にしないけれど、原は何か話題を振ろうと頭を働かせているようだった。

結局会話が盛り上がる事も無いまま、彼女の家の前に着く。

住宅街の一角にあるごく普通の一軒家だった。


「ありがとう二見くん、えーと、また明日?」


「うん。また明日」


「気を付けて帰ってね」


「はいよ」


彼女が手を振るから、俺も振り返す。

名残惜しくもなんともない。

そのまま駅までの道を引き返し、見送るのが木崎だったらきっと俺は何度も振り返ってしまうのだろうと思った。


テストまでの期間、放課後は毎日原と勉強をした。

素直な人間に接していると、余計に木崎の捻くれさに苛立つ。

彼もこうやって笑ってくれれば、言葉を口にしてくれれば、見つめてくれれば。

もう、5日も木崎と口をきいていない。

それどころかメールすら来ていなかった。

俺が誰と何をしようが、きっと彼には関心がないのだろう。

すぐ解るように、携帯はずっと制服のズボンのポケットの中なのに。


虚しい。

寂しい。

ふと思う。


「じゃあ、月曜、テスト頑張れよ」


「うん、ありがとうございました! これは絶対良い点取れるね、これで取れなかったらもうどうしたら良いか解らないくらいだね!」


「なにそれ」


少し笑って立ち上がる。

俺が原を送るのはもう決まり事になっていて、彼女ももう何も言わなかった。

会話は特段盛り上がる事も無かったけれど、初日に比べればぽつぽつと話すようになっていた。

天気がどうとか、近くに新しいケーキ屋ができたとか、数学になんで英語が出て来るのかとか、どうでもいい話ばかりだった。

送っている途中で、太ももに振動が伝わった。

焦って携帯の画面を見る。

メールが届いていて、送信者は木崎だった。

家に来いと、いつも通りの内容だった。


「二見くん? どうかしたの?」


「あ、いや、なんでもない」


画面を閉じてポケットにしまう。

原の家まであと5分くらいだった。

心が焦る。

その5分は、とても長く感じられた。

家の門の前で原が振り返る。


「付き合ってくれて本当にありがとうね、二見くん」


「別に、俺もちょっと楽しかったよ」


「こ、今度お礼させてね!」


「気にすんなって。じゃあな」


そんなのは良いから早く帰りたい。


「うん、また学校でね」


住宅街を歩く、歩く。

角を曲がった所で走り出した。

走りながら携帯で時間を確認する。

別に、焦って行ったからなんだという訳でもない。

呼べば必ず来るから、木崎も俺を呼ぶだけだ。


息が切れたら冷静になって、それからの道のりはゆっくりと歩いた。

合い鍵で中に入ると、木崎はリビングでテレビを観ていた。


「遅かったね」


「ああ、ちょっと」


「ちょっと?」


「…原を、……送ってて」


「そう、コーヒー飲む?」


歯切れ悪く答える俺を気にする事もなく、彼は立ち上がる。


「あ、貰う」


木崎が座っていた二人掛けのソファの半分に腰を下ろす。

どうでもいいバラエティ番組がやっていて、どうでもいいのにその画面ばかり見ていた。


「はい」


「ありがとう」


マグカップを受け取ると、彼は俺の隣に座った。

言葉を交わす事も無くテレビを見つめ続ける。

内容なんか入って来なかった。

いつもだったら呼び出されるのは夜遅く、ただ眠る為だけだから布団に横になるだけで良かった。

けれど今日はまだ19:00にもなっていない。

眠るには早い。俺はどうしたら良いか解らない。


木崎がテーブルにカップを置いた。

俺も釣られる様にカップを置く。


「二見クン」


「ん?」


「しようよ」


にっこりと笑みを浮かべたままさらりとそう口にした。


「は?」


「した事ないじゃん、俺たち」


「それは、そうだけど……なんで」


「なんで?」


彼は一瞬考えた素振りを見せると、口唇を開いた。


「寂しいから?」


「なんだよそれ」


余りにもさらりと言うから腹が立った。


「そんな、そんな理由なら俺じゃなくたって良いだろ! どっかの女でも抱いてろよ!」


「何怒ってんの」


「怒ってない!」


彼の腕が伸びる。

肩を掴まれ、ソファに押し倒された。


「いってぇんだよ、クソ!」


頭に来て滅茶苦茶に振るった腕が彼の頬にぶち当たる。

脚はテーブルにぶつかってカップが倒れ、コーヒーが絨毯に零れ落ちた。


「二見!」


顎を掴まれて口唇に噛み付かれる。

興奮して息が出来ない。喘ぐように息を吸うと、隙間から舌が捩じ込まれた。

最悪、最悪だ。

このまま噛み切ってやろうか。


体重を掛けられて脚を抑え込まれる。

両腕も彼の掌に押さえつけられた。

冷たい指先が服の隙間から滑り込んできて腹を撫でる。


テレビから笑い声がどっと漏れた。


「最悪」


「二見」


「なんだよ」


「二見」


「……なんなんだよ」


木崎は力を弛め、俺の胸元に額を付けたかと思うと、痛い位に俺を抱きしめてきた。


「さみしい」


「相手ならいくらでもいんだろ」


「いない」


「嘘つけ」


「二見が良い」


「……は?」


「二見じゃなきゃ嫌だ」


「ほんと、どうしたんだよ、木崎」


胸元がじわりと熱い。

彼は泣いているようだった。

あの木崎が? 愛想を振りまいて俺の事なんかどうとも思っていないような木崎が?


「嫌な事でも有ったのか?」


「有ったよ」


「どうした」


「教えない」


「おっ前なあ……」


「二見クン、俺は、二見クンが好きなのかな」


「知らねーよ」


「うん、俺もね、解らないんだよ。でも、二見がいないと俺、息が出来ない」


木崎が顔を上げ、俺にキスをした。

彼の涙が頬に落ちてくる。


「好きなのかな。これを好きだというのかな」


言えばいいのに。

はっきり好きだと言ってしまえば俺は安心出来るのに。

俺が「そうだよ」なんて、言える訳も無い。


「二見」


「なに」


「寂しかった」


「あっそう」


「寂しかったよ」


八方美人で愛されたがりの男の声が震えている。

俺だけを愛してくれれば、何も考える事無く頷く事が出来るのに。


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