Trick or Treat!! 陰陽記外伝
「今日はハロウィンか」
ハロウィンはもともと、ケルト人の悪霊退散の儀式だったらしい。昔は宗教的な意味合いも強かったようだが、今ではそういった面は隠れてしまい一種の仮装大会になっている。
今年から俺が通うここ《澪月院》でもそれは同じようだ。一応、名目上は『西洋の妖怪と対峙した際に動じることがないように』という立派な理由がついているものの、その実態は完全に学生たちの遊びになっていた。
「ま、たまにはいいけどな」
俺はそう呟きながら教室の前の廊下を歩いていく河童と天狗の仮装をした二人組の姿を見送る。……というかせめて名目は守ろうぜ! 思いっきり日本の妖怪じゃないかよ!!
「で、あいつらはどこいったんだ?」
俺は誰もいない教室を見回す。すでにここに来てから十数分が経過している。それは俺以外の三人、明華、綾奈、アリスが出て行ってから経過した時間でもあった。
「総君はここで待ってて!」そう言い残して他の二人を引きずっていった明華の思惑は簡単に分かる。イベント好きのあいつのことだ。このハロウィンに関してのことに違いない。
そんなことを思っていると、教室の扉が少しだけ開いた。その音に反応して俺が扉の方へと振り返ると、その隙間から明華が顔を覗かしていた。
「総君、少しだけ目を瞑っててよ」
「なんで?」
「だって、このまま入っていったらサプライズ感がないでしょ!」
「……話しかけてる時点で結構半減してると思うぞ、サプライズ感」
「むー、いいから目を閉じて!」
「分かった、分かった」
扉越しの明華と言い合っても仕方がないので、俺は指示に従って目を閉じた。視界が真っ暗になり、逆に聴覚が敏感になっていく。ガラガラとスライド式の扉が開き、外から人が入ってくる気配がした。明華たちだろう。気になるのは、「あ、明華……やっぱり私無理ですよー」とか「ふふふ、総真のやつを驚かせてやる」だとかあんまりいい予感がしない言葉が聞こえてくる。
「いいよー! 総君、目を開けて!」
やがて明華から声がかかって、俺は目を開けた。そこには――、
「トリック・オア・トリート!!」
黒いローブを羽織って、頭にこれまた黒の三角帽子をちょこんと乗っけた明華の姿があった。お祭り好きな明華にしては意外にも大人しめの仮装だが、よく似合っていた。手にはどこから拾ってきたのか木の棒を持っている。どうやら杖の代わりらしい。
「どう? 総君! 似合ってる? あ、因みに後ろは振り向いちゃ駄目だよ! 二人が待機中だから」
キョロキョロと視線を彷徨わせかけた俺に注意をしながら明華が言う。この注意は受けといた方がいいだろう。一応、サプライズのようだし。
「分かったよ。明華、似合ってるな」
「そうでしょ! 魔女っ娘だよ?」
「……それだと意味が変わってこないか?」
「いいの! それより、お菓子をくれなきゃいたずらするぞー!」
ビシッと杖を俺の方に突き付けてくる明華に少し苦笑しながら俺は目の前の机に置いたスーパーの袋からお菓子を取り出す。今日のために買っておいたものだった。
「いたずらされると困るからお菓子をあげます」
そう言って明華に手渡すと、明華は嬉しそうにそれを受け取った。
「ありがとー! それじゃあ、仕方ないから許してあげるね。では、次行ってみよー! はい、総君目を閉じて!」
「はいはい」
俺は再び目を閉じた。また、俺の前に人が立つ気配がする。
「はい、いいよー!」
明華の声を聞いて、俺は目を開けた。
「Trick or Treat!!」
「…………」
見事な英語の発音と共に俺の目の前に立っていたのは、アリスだった。格好は黒のシルクハットに黒のタキシード、そして黒のマント。……なんだこれ? タキシード〇面か?
「Trick or Treat!!」
「…………」
「お、おい! なにか反応しろ!」
「それ、なんの仮装だ?」
「わ、分からないのか!? 吸血鬼、ドラキュラ伯爵だ!」
「イケメンの紳士にしか見えんわ!」
俺は思わずツッコむ。いや、予想は何となくしてたけどあまりにも分かりずらい。
「そ、そんなことないだろう! ほら! この牙とか!!」
そう言ってアリスが口を開けると、なるほど牙がある。しかし……、
「口開けなきゃ分からん仮装をするなよ!」
「え、えぇい、うるさい! とにかく殴られるか? それとも蹴られるか? 選べ!!」
「選択肢がダメすぎるわ! お菓子どこいったんだよ!?」
「知らん!!」
「知らん事あるか!!」
いきなり暴力沙汰に発展しかけたが、そこでうまく明華の制止が入った。
「はいはい、そこまで! あと綾奈がいるんだから」
「む……」
明華に言われてアリスも大人しくなる。ナイスだ、明華!
「ほら、お菓子」
俺が袋から出したお菓子を渡すと、アリスは一瞬キョトンとした顔をした。。……ホントに当初の目的を忘れてやがったな、こいつ。
しかしそのあと、すぐに嬉しそうな顔になると微笑んでお礼を言ってくれた。
「ありがとう! 仕方ないから許してやる!」
「はいはい、どうもありがとう」
俺も微笑んで返事をした。そして、目を閉じた。最後の一人、綾奈の登場を待つためだ。
しばらくの間があって、声がかかる。俺は目を開けた。
「ト、トリック・オア・トリートです。お、お菓子をくれないといたずらします…………にゃ」
そこには、黒猫の着ぐるみパジャマを身に纏った綾奈の姿があった。頭にかぶったフードには猫耳がチョコンとついている。手は肉球を模した手袋をはめていて、それを顔の横でパッと開いて見せていた。
いつも真面目な綾奈とのギャップ。そして、究極の癒しを内包したその姿を見た瞬間、俺は叫んでいた。
「いたずらしてくれー!!!」
「え、えぇー!?」
驚いて叫び声をあげる綾奈だが、そんなこと知ったことではない。せっかくのチャンスだ。これは是非、いたずらをしてもらおう! いや、、むしろいたずらするしかな――――!!!
「ぐはっ!!」
心から邪なことを考えていた途中で、俺は背中に激しい衝撃を受けて吹っ飛んだ。
「ほー……ずいぶんと私の時とは態度が違わないか? 総真」
低い声で言い、ゆっくりと向かってくるのはアリスだ。蹴ったのもこいつだろう。もし声が出るならば、最初からその声を出してれば多少マシだったっと言ってやりたい。
「アリス、総君を捕まえて……」
だが、そんなアリスよりも恐ろしい存在がその後ろに控えていた。圧倒的な黒いオーラを纏った明華だ。
その明華の命を受けて、アリスが倒れている俺を引き起こして後ろから羽交い絞めにする。
「あ、明華……ま、待て……俺が悪かった」
「総君、後悔っていうのは先に立たないものなんだよ?」
明華はフッと恐ろしい笑みを浮かべた後、叫んだ。
「クルー〇オ!!」
と、同時に明華の両手が俺の脇腹を這い回った。
「ぐあああぁ!! それは磔の呪文だろうがぁ!!」
「総君、苦しめー!!」
その後、俺が味わった苦しみは元ネタにひけを取らないものだった。……死んだ方がマシだ。
おまけ
「トリック・オア・トリート!!」
「大家さん、西洋かぶれはどうでもえぇさかい。借金返せや」
「すまん、三郎。もう少し待ってくれ……」
「……先輩、お菓子あげます」
「ありがとう、由美君」
(了)