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Life train  作者: いよ
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優しい面影

「何で、ここに愛が……?」

 その呟きに、答えられる者は誰一人いない。ここにいるのは、皆俺と違って半透明の体を持った、優しく穏やかな表情を持つ人達。

 人影は皆姿形が人なのに、人ではない不思議な雰囲気を持っている。そしてそれは、隣に座る愛も同じだった。生きているように見えるが、彼女らは死んでいる。穏やかな笑みを浮かべて、とてもたおやかで満ち足りた表情をしていた。


 ――やっと会えた。


 あの暑い夏の日、輝くような笑みを浮かべてくれた愛しい人が隣に居る。もう一度、その愛らしい声が聞きたかった。

「愛……」

 再び会う事の出来た嬉しさと彼女への愛おしい想いが堪え切れなくなり、俺は愛に話しかけた。俯いていた愛は顔を上げ、俺を見た。俺の顔を見て微笑んだ彼女は、唇の前に人差し指を立てて、俺に向かってジェスチャーをした。まるで、「電車内ではお静かに」とでも言ってるような感じだ。そして愛はまたさっきと同じように、小さく俯いた。

 彼女はまるでうたた寝をしているかのように、気持ち良さそうに目を閉じていた。服装は、最後に会ったあの日と同じ。胸には俺がプレゼントしたペンダントが輝いている。きちんと揃えた足に、手は行儀良く膝の上で重ねられている。愛の家は、躾が厳しかった。だから、御伽噺に出てくるお姫様のように、とても上品な立ち振る舞いをする。俺が愛に惹かれた理由はそれも入る。彼女はとにかく美しかった。全てが、眩しかった。

 幸せだ。また彼女の姿を見る事が出来て。声を聞く事は出来なかったが、それでもいい。陽だまりのように、誰かの温もりを感じられただけで、幸せだった。



 愛は、覚えているだろうか。俺と初めて会った日の事。

 あれは高校の入学式だ。クラス分けの書いてある看板の前で、むすっとした顔の愛がいた。愛はじぃっとクラス分けを見ている。何だこいつ、変な奴だって思った。……笑ったら、絶対可愛いのにって思った。だからクラスに入って愛を見つけた時、俺はあいつに言ってやったんだ。むすっとした顔すんなって。そしたら愛はこう答えた。


「むすっとなんかしてないもん」


 この返答を聞いて、俺は笑っちゃったんだよな。まるで、おもちゃを買ってもらえなかった幼稚園児みたいな返答だったから。

 後日談を聞いて、愛が不機嫌そうな顔をしていた理由が分かった。あのクラス分けの看板のところで、愛は仲の良い友達に置いてけぼりにされたそうだ。知らない場所に一人でいるのが心細くて、強がった顔をしていたと言うが、俺にはただの拗ねた顔にしか見えなかった。

 

 お前に告白したのも、俺だったな。

 夏の花火大会の日。あの日の前日は俺、鏡の前で台詞の予行練習をしてた。誰もいない高台、俺たちの特等席で花火を見た。そして花火の光で照らされる愛に『好きだ』って、半ば叫ぶように言ったんだ。そうでもしなきゃ、花火の音で掻き消されて聞こえないだろうと思って。俺の言葉を聞いた愛は、顔を真っ赤にして俯いた。花火の光に照らされて、照れる彼女がよく見えた。

 しばらく沈黙が流れて、俺はどんどん不安になった。まずい事言ったかな、やっぱフラれんのかな、俺……。俯きながらそう思った瞬間に、愛は急にばっと顔を上げた。そして叫ぶ。


「私も!!」


 思いが通じたこの瞬間、上がった花火と自分の顔。愛はまだ顔を赤くしながら、俺を見つめて微笑む。

 大切な思い出たち。愛は、心にしまってくれているのだろうか。過去に想いを馳せながらも、今隣にいる愛を想う。



 外の景色は変わらず、紅葉の枯葉だけが不規則にひるがえっていた。

 曇天だった空は、いつの間にか美しい秋晴れの空へと変わる。隣に座る彼女にも教えてあげたかったが、それは叶わない。だから心の中で話し掛ける。

 

 ――綺麗な紅葉だな。

 ――久しぶりだったけど、元気にしてたか?

 ――今まで何やってたんだよ。

 ――お前はこれから、どこに行っちまうんだよ。

 ――俺を置いて、行っちまうのかよ。

 

 募る話がいっぱいあった。たくさん、彼女と話がしたかった。けれど、伝わらない。彼女はそれを拒む。一体何故? 俺はずっと、お前を求めていたのに。

 すっ、と愛が顔を上げた。そして俺の顔を覗き込むようにして見る。そして彼女はあの夏の日と同じように、くすりと笑った。そして、俺の手の上に自分の手を重ねた。

 赤いソファの上で重なる、彼女の右手と俺の左手。人肌の温もりを感じる事は出来なかった。だけど、心はとても温かくなった。俺は彼女の顔を見る。彼女は小さく俯いていたが、口の動きだけはちゃんと見る事が出来た。俺はその口の動きを見て、愛が何て言ったかを思案する。そして、一つ思いついた。

 あの夏の日も言われたっけな。


『まったく、泣き虫だな。君は』


 俺は正面にある窓ガラスを見る。ちょうどその時、電車はトンネルの中に入った。辺りが真っ暗になり、電車内に電気がつく。

 その時、窓ガラスに映る自分の表情がはっきりと見えた。俺の瞳は、またもや濡れていたようで。

 俺は空いた右手で目元を拭う。袖を確認したら、少しだけ濃い色の染みが出来ていた。枯れたはずの涙が、ちょっぴり出てきた。

 そういえば、ガラスに愛の姿が無い。隣を見ればちゃんと居るのに、ガラスの世界に彼女はいない。よく見れば、他の乗客の姿もガラスの世界には無い。これもまた、俺と彼女達が違う証なのだろうか。

 電車がトンネルを抜ける。またも美しい紅葉が目の前を通過していった。やはり時折、朽ち果てた駅を通る。しかし、止まる事はない。電車はただ、俺たちを乗せて走り続ける。

 俺は愛の手を握りしめようとした。しかし、その手は空を掴む。

 心の中で悟る。彼女たちは幽霊電車の乗客。この電車は黄泉行きの快速電車。彼女達は、幽霊なのだと。

 いつまで続くかも分からない、ささやかな幸せだった。この幸せがずっと続けばいいのにという願いと、唐突に終わるかもしれない恐怖と戦いながら、俺は愛の温もりで満たされていた。

 ご愛読ありがとうございます。そろそろ佳境に向かって、この電車は走っていきます。どうぞ最後まで、ごゆるりと旅をお楽しみください。by車掌

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