幽霊電車
「幽霊、電車?」
自分の聞き間違いだと思いたくて、俺は車掌に聞き返す。しかし、車掌は首を縦に振って肯定し、続けた。
「えぇ、そうです。この電車は黄泉行きの快速電車です」
「黄泉行きの?」
「はい、その通り」
つまり、何だ。俺は死んだのか? どの時点で。さっき寝た時に、死んだのか? 何もせずとも、このまま電車に揺られてれば俺は黄泉へと行けるわけか?
俺の表情を見て、車掌は俺が訊きたい事を察知したようだ。車掌は落ち着いた声で言う。
「あなたはこのままでは、黄泉へと強制連行されます。しかし、あなたは黄泉に行く事で天国へ召される訳でも、ましてや地獄に落ちる訳でもありません。――永遠にこの世を、彷徨う魂魄と成り果てるのみです」
車掌曰く、黄泉に行くのは死んだ人間のみという話だ。生きた人間が黄泉へ行くと、肉体は死んだとされるが魂は死んだ事にならず、魂のみが俺達の生きるこの人間世界、現世を彷徨うらしい。戻るべき肉体も無く行き場を失くした魂は亡者と呼ばれ、この世に生きる人々に様々な天災をもたらす。その亡者達は苦しみながら、自身に宿ったままの精神力を天災に注ぎ込み、やがては消滅する。
「単刀直入に申し上げると、あなたはこのままでは亡者になってしまう、という事です」
なるほど、死ぬのも楽じゃないなぁ。亡者でもいいかな、と思ってしまったが、見知らぬ他人が苦しむ羽目になる上、自分に利益などまったくもってない。ん、ちょっと待て。他人が苦しむって言っても、どんな事なんだ?
不謹慎だが興味を持った俺は、車掌に訊く。
「車掌さん、『天災』って、具体的にどんな事なの?」
車掌は顎に手を添えて考える。そしてまとめた考えを言った。
「そうですね……、天変地異と申し上げればいいのでしょうか。地震や風雨、津波など。人間にとって良くない事が起こるのです。最近地上に亡者が多くなってきているので、現世にも影響が及んでいると思われます」
ふーん、確かにそうかもしれないな。最近、地震が頻繁に起こっている。もしかしてこれが原因なのかもしれない。
しかし、ここで問題だ。俺はこのまま電車に揺られて黄泉に行くだけで亡者になる。これでは俺が亡者になる事を回避出来ない。さて、どうしたもんか。俺はまた車掌に訊く。
「だけど、このまま電車に揺られてるんじゃ、結局結果は変わらないんじゃない?」
「いえ、解決方法はあります。あなたがこの電車に乗った駅、『輪転駅』まで戻れればよいのです」
「戻る?」
えぇ、と車掌は頷いた。電車は何もしなくとも黄泉へ向かうというのに、一体何をどうすれば戻れるというのだろう。
「それは、お客さん次第です」
車掌は意味ありげに微笑んだ。何だよ、まさか俺が電車を運転する、とかそういう展開になるのか? というか、さっきもまた表情に出て、言葉にする前に返答されてしまった。顔に出る癖、今更だけど直したいと思う。
車掌は俺に「ごゆっくり」と言うとまた別の車両へ歩いていった。置き去りにされた俺は特にする事も思いつかず、後ろに振り返って景色を眺める事にした。
海が見えた。紅葉の間から、さっき駅のホームで見たあの遠い海が。秋晴れで綺麗だった海の上の空は、いつの間にか曇天。一雨来そうだ。
正面の窓を見ると、紅葉が流れている。ザァザァと風の音がするとともに、舞い散る枯葉が電車とは逆の進行方向で移動していた。たまに開けた場所を通過する。その時微かに見えたのは、文字の掠れた看板と錆びたトタン屋根のついたホーム。どうやら俺が乗った駅と変わらないような場所らしい。それらは輪転駅と同じで、朽ち果てた駅達だった。今はこの電車に通過されるだけの、寂しい存在価値。
電車はただ走り続けていた。猛り狂った馬のように、ガタンゴトンと叫びながら。走る事で真価が発揮される電車は、自分に与えられた存在意義を全うするべく、走っている。
じゃあ、人間の真価ってなんだろう。
俺達は、いや俺は、何の為に生きているのだろう。
その答えを、俺は知りたかった。
少しうとうとしかけた頃だった。電車は良いリズムで走行音を響かせていたが、その規則的なリズムがどんどん遅くなっていく。違和感を感じた俺は気だるかったが瞳を開けて、周りの様子を見た。電車はのろのろと走っている。どうした、故障かと思ったが、それは違った。俺の耳に届いたのは、この電車に乗る前に聞いた掠れ声のアナウンスだ。そして電車はゆっくりと停車する。ドアが開き、その先にある景色が見えた。
ドアの先にあるホームは紅葉に囲まれて、またしても朽ち果てたボロボロの駅だった。しかし、そこにはたくさん人影があった。その人影は皆、体が半透明だった。その人影が一斉に、まるで通勤ラッシュの時のように流れて入ってきた。
電車に乗り込んだ乗客の人影は皆、思い思いの席へ座る。人影は本物の人間のように、生活感のある者ばかりだった。仲睦まじい親子の人影だったり、お年寄りの人影だったり、学生の人影だったり。そして、俺と同じくらいの歳の人影だったり。俺の横にも人が座った。俺はいつも電車内でやるように、隣に座った人の顔をちらりと見る。
「……あ……」
そこに座っていたのは、とても見覚えのある女性。それもそのはず、何故なら彼女は俺がとてもよく知っている人物だ。
かつて俺が愛した女性『愛』、その人だった。
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