浮遊
大学へ入れば何かが変わると信じて勉強してきたが、変わりがないようなので今日は大学を休む、と新宮にメールを送って布団にくるまり寝転がっていると、窓の外、ベランダの向こうに人影が浮いているのが見えた。私の部屋は四階であり、そこに人が浮くことなどはできるはずがないのだが、確かにそこに、人の姿をとった何かが浮いていた。
私は飛び起き、窓の鍵が掛かっていることを確認してカーテンを閉め、イヤフォンを耳の奥まで深く差し込み、何も見なかったと自問自答するように呟きながら大音量で音楽を流し、布団の奥深くに潜り込み、目をつぶった。
噂によると私の住むこのマンションはここ最近、自殺の名所と呼ばれているらしく、外出時などに近所の住民から奇異の目を向けられることがある。まったく、バカバカしい事この上ない。何が自殺の名所だ。聞いた限りではほんの四、五人死んだくらいだそうじゃないか。たまたまだ。それくらいなら他のところでも死んでいる。何を根拠に自殺の名所と言うのだろうか、などということを必死で繰り返しているうち、深い眠りに沈んでいった。
「やあ泉くん。夜だよ」
朗々とした声と共に玄関の扉が開かれ、次いでまばゆい光が私の目をこじ開けようとする。近づいてきた者に焦点を合わせればそれはやはり新宮で、手には何やら袋を下げていた。溢れんばかりに詰め込まれた商品のほとんどは酒とつまみであり、簡素な飲み会を開こうという思惑でもあるのだろう。
「しかしキミ、窓とカーテンを開けっ放しで寒くないのかい」
「え?」
見れば確かに窓の外には半月が見え、肌寒く感じるようになってきた夜風が部屋の中へと入り込んできていた。ぼんやりとした思考を寒風が覚ます中、身を縮こまらせながら窓とカーテンを閉め、そして、気がつく。
私は窓とカーテンを閉めたのではなかったか?
「そういえば、また誰かが飛び降りたみたいだね。時間がちょうど……ああ、キミがメールを寄越した頃だったかな」
薄れゆく意識の中、特に害はないはずなんだけどねえ、という呆れたような新宮の声が聞こえた気がしたが、私にはもう、届かなかった。




