絵
ふらりと訪れた美術館で開催されていた絵画展にて、一枚の絵を前に立ち止まる。無題と称されたその小さな額縁の中に収められていた作品は、椅子に座った一人の少女がこちらを見ている線や色の少ない簡素な絵であり、普段であればけして足を止めることなどないような、極めて地味な作品であった。
私は絵の中の少女に見覚えがあった。今にも「やあ泉くん」と話しかけてきそうなどこか飄々とした、しかしよくよく見てみれば寂しそうな雰囲気で――ああ、まどろっこしい。絵の中の少女は、私の友人である新宮宮古を幼くしたような姿をしていた。
「やあ泉くん。美少女だろう? それ、幼き日のボクだよ」
「なぜここに」
「付けてきたのさ。というのは冗談で、実はこの絵はボクが描いたものでね。様子を見に来たというわけさ」
よくよく見れば確かに絵の作者は新宮宮古となっており、私の通う大学名も付記されていた。新宮が絵を描くということ自体知らなかったが、このような場所に出すという腕前を持っていることも、私は今まで知らなかった。「絵、上手いんだな」と漏らすと彼女は照れくさそうに謝辞を述べ、ぽつりぽつりと絵について話し始めた。
「絵の中のボク――幼少時のボクには友人がいなくてね。そうやって、椅子に座って本を読んでいることが多かったんだ」
見れば絵の中の少女の膝には文庫本が開かれており、読みかけであることを示していた。椅子の足元にも何冊かの本が積まれ、少女が読書好きであることを窺わせている。
「そんなある日、ボクは一人のモノに出会った」
モノ。人ではないものなのだろう。私はそれらの存在を認めたくはないのだが、彼女と共に行動すると、人間とは思えないような生物や出来事に遭遇することがある。私はそれらをひっくるめて人でないもの、人でないもののしわざと密かに呼んでいる。
「そのモノは、ボクの話し相手になってくれた。ボクの知らない物語を話し、ボクの知らない歌をうたった。けれどいつの間にかそのモノはいなくなっていた。そうだね、ボクに友人と呼べる存在ができた頃だったかな。まあ、その友人というのはキミなんだけど」
そんなことはどうでもいいか、と新宮は言葉を続ける。「そのモノが、キミにこびりついているんだ」と。私が辺りを見渡しても何も見えず、何かを感じるようなこともなかったが新宮は「キミには見えないよ」と苦笑するだけで、それ以上は何も語らず、ただ、
「ボクはもう、大丈夫。次はキミだよ。泉くん」
絵の中の少女と似ているようでどこかが違う笑みを浮かべて、新宮宮古はそう、呟いた。




