小瓶
久しぶりに訪れた大学で昼食をとっていると、見知らぬ誰かが小さな瓶を落としていった。落とした衝撃で蓋の取れてしまったそれを拾って落とし主に声を掛けようにも私は人見知りである。結局、小瓶を渡せず手のひらで弄びながら落とし主の背を見送ることしかできなかった。
仕方なく、小瓶を傍らに置いて食事を続ける。そのうち取りに来るだろう、取りに来ずともここに置いておけば少なくとも誰かに蹴られて紛失することはない。そう考えながら具のないうどんに箸を伸ばし、口元へ運ぼうとして、
「泉くん、キミの摘んでいるものをよく見たまえ」
土の臭いが鼻を突き、私を現実へと引き戻す。いつの間にか向かいの席には新宮宮古が座っており、何やら不敵な笑みを浮かべ、早く見ろとばかりに丼を指で叩いていた。
丼の中身を見た瞬間に、私はくらりと卒倒した。
「キミには劣等感というものがあるかい?」
「他人より行動が一呼吸遅かったり簡単な質問にすぐさま答えられなかったり自分の言ったことより他者の言ったことのほうが受けが良かったり最初からずっとその場にいたのにいたのかと言われたりそんなことばかりだから私は」
「いや、もういい。キミに聞いたボクが悪かった。今度、甘味を奢ってやろう」
失神した私に平手を打って無理やりに起こして水をぶっかけ、平常心を取り戻したと見たのか、新宮は話をさらりと始めた。この際である。もう少し優しい介抱の方法があっただろうとは言うまい。
「この小瓶にはね、劣等感が詰められていたんだよ。それも、凝縮されたものが、だ」
今はもう、霧散して消えてしまったけどね――と、新宮は続けた。彼女によれば小瓶の中に入っていたもの、凝縮された劣等感は、私に危害を加えるためにわざと落としたわけではなく、恐らくは、持ち主が普段から持ち歩き、劣等感に耐え切れなくなった頃に吐き出し溜めていたものがたまたま落ちて割れ、外へ出てしまったのではないかという。たまたまでうどんがミミズに見えるような現象が起こってしまっては困るのだが、たまたまでは仕方がない。
「まあ、もう中身がないから特に心配することはないだろうさ。吐き出す場所をなくしてしまった持ち主以外はね」
そう言って新宮は小瓶をゴミ箱へ投げ入れて、私を置いて立ち去った。珍しくほんの少し怒りを含んだ表情であったが、偶然であれ、私に害があったことを怒っているのだろうか。
……まさか。新宮に限ってそんなことはありえない。
冷め切ったうどんをすすりながら、そう、思うのだった。




