箱
昼食時の話である。大学構内の食堂で友人の愚痴を聞きながら蕎麦を啜っていると、見知らぬ女性が私に対して小さな箱を寄越してきた。何やらニヤついている友人を睨みつけ、女性が去るのを見届け箱を開けてみるとそこには何も入っていなかった。ああ、ゴミを押し付けられてしまったのか、と私は小さく舌打ちし、箱を潰して鞄の中へと押し込んだ。
「良いものでも入っていたかい」
「いいや、何も」
「開けない方が良かったかもね」
友人の言葉を無視して箸を進め、蕎麦を平らげる。目の前で不敵な笑みを浮べているのは私の学内における唯一の友人なのであるが、彼女は時折、考えの読めない言動を取ることがある。基本的には良い奴であると分かってはいるのだが、私はどうにも、彼女のそういった部分を苦手としている。
「食べ終わったようだね。ところでなんだけど、泉くんはこの後用事はあるかい?」
「いや、特には」
「それじゃあ、近くの神社に行こうか。箱、その辺に捨てたりしてないよね」
鞄を開き、箱の存在を確かめる。すると、潰したはずの箱は受け取った時の形にその姿を戻しており、おずおず触れた指先からは、箱の中で蠢く無数の小さなものたちの気配が伝わってきた。
「開けないほうが良かったかもね」
友人は見透かしたような視線を私に向けて、抑揚のない声でそう、呟いた。