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冬の帝国 黎明期 ④


 跳ね起きるようにして起き上がると、体制が崩れて横たわっていた場所から転がり落ちた。床にぶつかる衝撃を予測したのに、力強い腕に抱きとめられる。

「ハガテ様……? ずっとここにいたのですか」

 思わず呼びかければ、「ん?」と応えながら長椅子に座らせてくださった。結局、抵抗むなしく私は眠ってしまったようだ。落ちた状態を受け止められ、そのまま戻された私は、ハガテの腕に触れていた手を、そのままぎゅっと握った。

「いや」

 そう言って、ハガテは笑う。

「身動ぎする気配があったので、様子を見に来たところだった。身体を痛めなくてよかった。それに、起きてくれて助かった」

 ハガテがそんなことを言う理由がわからず、私は瞬きながら、彼が視線を投げかける先をなぞる。

 扉が開け放たれた居間に、眠りに落ちる前と同じ場所に、姫様とロルフがいた。けれど、その二人の雰囲気の違いに、少し見ただけでもわかってしまう。


 頑なに姫様を説得している様子のロルフと、困った顔で首を振る姫様。ハガテはその仲裁に入る手立てがないらしく、私のそばで、その様子を見ていた。








 目の前の黒髪の子どもに、心底疑問を抱く。


 なぜ、この方はこんなにもわたくしを見ているのでしょう。


 なぜ、わたくしから言葉を引き出そうと回りくどい言い方をするのでしょう。


 なぜ、わたくしがこの方の求めに応じることはないと、わからないのでしょう。


 なぜ、わたくしの唯一は、何百年と変わらず、たった一人だと、わからないのでしょう。



 春の女神は、目の前の若い命が懸命に語る様子を、ただじっと見ていた。穏やかな笑みを浮かべたまま、心中で考えを巡らせていた。

 時々いるのだ、このように会いに来て、何かを期待し、そして、傷ついて。望みが得られぬとわかると、女神に対し牙を剥き、


 報いを受ける。


 この者が求めるものを、女神は知らない。何かを求めてやって来たことは感じ取れる。この者には、何か求めるものがある。

 そして、女神の言葉を待っている。何か、求めを差し出すきっかけになる、女神の言葉を。


 王家に伝わるエレオラウファンの話を聞きながら、女神はこの者の真意をはかりかねていた。神と言っても人と変わらぬ場にとどまる身。超常の力を操ることは、遠い昔から、できない。ただ、人々の声に耳を傾け、その真意を掬い取ることがわずかにできるのみ。

 かつて、空に神々が還っていった時代があった。もう地上に残っている神は少なく、いずれ、春の女神ただ一人となるだろうことが想像できる。空に還っていく神々を横目に、女神はたった一人との再会を夢見て、待ち続けている。待ち続けた果てに、共に歩む道を目指して。


 会話の切れ目、しぼむように消えていった声を、惜しむ気持ちもなく女神は見つめていた。

 悲しみを堪えるように、ロルフは笑った。

「……あなたの望みを知っています」

 わたくしは知らないわ。ロルフと名乗った、自分よりも外見上は年上に見える子どもの望みを、わたくしははかりかねている。そんな者が、どうしてわたくしの望みを知っていると言えるのだろう。

「僕が、その望みを叶えて差し上げる」

 悲しみを堪えていたはずのロルフの表情が、緩やかに笑みへと変わってい。わたくしはその笑みに、瞬きを返すことしかできなかった。微笑んで、頰に手を添えて、首を傾げてみせる。

「どのように?」

「案ずることはありません。僕はそのために、そのためだけにハガテを借り受けてまで、ここまでやって来ました」


 言い換えるなら、ハガテを手放してまで、僕をここまでたどり着かせた。とも言えますね。


 そういって微笑むロルフの瞳は澄んでいて、ただ、望みに向かってまっすぐであることがうかがえた。何も疑っていない者の表情。ついでのように最後の付け加えたささやきはなんなのだろう。まるで、ロルフ自身以外の意思が絡んでいるかのような、そんな物言いは。

 わたくしが注意深く観察する中で、ロルフが懐から何かを取り出した。鮮やかな手つきで、わたくしの目の前に差し出してくる。

 視界の端で、次の間から様子を伺うハガテと侍女がわずかに身じろぎしたのを感じながら、わたくしはロルフの手の中を覗き込んだ。

「……これは?」

 そこにあったのは、飴玉ほどの小さな球体だった。とろりと艶めいていて、赤にも紫にも見える、不思議な色。硬質な輝きを放つのに、するりと喉を通って行きそうななめらかさがある。

「やはり、心惹かれますか。これが何か、わかっていらっしゃる」

 ロルフの言葉に問い返したいのに、手の中の球体から目を離すことができずにいた。それは果実だ。楽園に住まう彼らが欲した、禁断の果実。


「あなたの望みは、エレオラウファンの隣を、同じ速度で歩むこと」


 あなたの望みを知っている、と告げたその口で、ロルフはわたくしの望みを告げた。


「これを飲み下せば」


 望みが叶いますよ、とロルフが言う。


 冬の神様と、その最愛。幼いわたくしのそばにいた、お二人の、子ども。

 この、神聖ニルヴァニア王国。その初代国王陛下と同じ黒髪で、同じ笑みで。


 同じ優しさで、わたくしへとその果実を差し出してくる。



「これで、あなたは」




 人間に、なれますよ、などと。


体調を崩したりなんだりで、また更新ペースが落ちてます。

黎明期は⑤で終わる予定。またレオンセルクたちの時代に戻ります。

しばしおつきあいくださいませ。


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