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冬の帝国 黎明期 ②




 物音に、私は飛び起きるようにして自室を駆け抜け、姫様の寝室へ続く扉へと立ちはだかった。私の存在は予定外だったのだろう、顔を隠した侵入者は怯んだように動きを止め、戦闘態勢をすでに整え終えた私に戦闘の意思がないことを示してくる。

「……このような夜更けに、姫様へ何のご用ですか」

 剣に手をつがえたまま、私は視線を緩めることなく問う。わざとらしく動作を大きくとって、その侵入者は顔を隠していた外套を脱ぎ去った。

「私だよ」

 溢れた黒髪に、琥珀の瞳。私は瞬いて、戦闘態勢を解いた。

「ハガテ様?」

 ベルギウムに遠ざけられた、姫様の筆頭護衛騎士がそこにいた。以前ならば、こんな時間に顔を隠してくることなど、しなくて良い立場の人だったのに。

「やぁ、君がまだここに留められていてよかった。姫様は無事かい?」

「無事ですが……。何かあったんですか」

 問う声は、自然険しくなった。

「ベルギウスが、神官としての仕事で神殿を離れてる。今のうちにしか、会いに来れないと思ってね。無作法は承知の上で、この時間にやってきたんだ。……こちらへ」

 言いながら、ハガテは奥の暗がりに声をかける。もう一人、外套を頭からかぶった人物が音も無くやってくる。ハガテ自身だけならまだしも、もう一人男性をここまで招き込んだと知って、咎め立てるべきか、姫様を救うための人手を喜ぶべきか、悩みどころだった。

 そもそも成人男性が、最奥の姫様の居室まで来ることなど、本来ありえぬことであるし、そもそもがこんな時間に女性を訪ねるなど、非常識なのだった。

「どちら様ですか」

「そんなことは、関係がないんだよ」

 私が警戒を解ききれぬまま問うのに、対する答えは軽やかだった。

「やっと会いにこれた。僕にはそれで、十分なんだ」

 言いながら、外套を脱ぎ去る。

 漆黒の艶やかな髪、紺碧の瞳。その色合いに思わず目を奪われる。彼は優雅な動作で身を乗り出すようにして、私の顔を覗き込んできた。

「女神のために生きる君は、なにをもって人を信じるのかな。私はどうすれば、君に信用してもらえる?」

 頭一つ分大きな成人男性より覗き込まれ、ムッと私は一歩身を引く。不躾な人だった。このように初対面で顔を寄せてくるような人、信用できる気がしない。

 そういう私の警戒が読み取れたのか、彼は肩をすくめながらハガテに笑って見せた。その笑い方も、どこか品があって、美丈夫というのは何をするにも絵になる。ふん、と顔を背けて、ハガテに詰め寄る。

「この方を姫様にご紹介するつもりですか、ハガテ様。この方、少し無礼ではありませんか?」

「あぁ……。君とは反りが合わないだろうとは思ってはいたけど。そんなにダメ?」

 平民のようにお上品さをかなぐり捨てて言えば、むっかつくんですけどこのお方! だ。ふんぬ、と頷くと、ハガテは困り果てた顔をした。私が頷かなければ姫様に会えないということが空気でわかったのだろう。美丈夫も、あれ、と気不味そうな顔をする。機嫌を伺うような眉尻を下げた様子に、少しだけスッとしたけれど、寝室への扉を明け渡す気は無かった。

「無理にでも通るというのなら、容赦はしませんよ」




 そう息巻いた時、その守っている扉の向こうから、柔らかな声が響いてくる。

「どうかしたの?」

「姫様? な、なんでもないです。お休みください。お疲れでしょう」

 ぎょっとして振り返る。人の気配や物音に、目覚めてしまったのか。慌てて何もないことを告げるのに、「あ、またそうやって」と声音が変わった。他ならぬ守っていた主人の手によって、寝室の扉が開け放たれる。

 淡い古代紫に瞳が、じっとりと私を睨んでくる。何を疑っているか知らないけれど、姫様が考えているようなこととは程遠い状況であることを、どれくらいで察してくれるだろうか。

 姫様の視線は私から、美丈夫へ、そしてハガテへたどり着いたところで、はた、と瞬く。

「あら。ハガテ? 戻ったのですか」

 ベルギウムにより遠ざけられ、解任されていたことさえも知らない姫様が、寝着に上着を羽織ったまま、扉の前できょとんとしている。あぁもう、またそんな格好で出てくるんですから!

「夜分遅くに、申し訳ありません。姫様」

「許します。本当に久しぶりですものね。何か急なお話ですか」

 そのまま話を続けそうな空気に、私はハイハイ、と姫様の肩を押して寝室へと追い返す。着替えてきますから、と二人の男性に言いながら、身を翻し、扉を閉めようと手を伸ばす。苦笑しているハガテと美丈夫、順番に目を向けながら扉を閉めた。

 うん? と覚えた引っ掛かりに、次への動作が遅れた。

「どうしたの?」

「いえ。なにも」

「あら珍しい」

 私の顔を覗き込んで、姫様は言葉を途中で切った。じーっと見つめて、声をひそめる。

「あぁいうのが、好みなのですか?」

「は」

「素敵な笑顔の方ですね」

 ニッコリと言われて、いやいや、と私は否定する。私が好きなのは姫様で、けれどそれを姫様に言う必要はない。昔から、時折、姫様は下々の恋の行方に興味を示していたけれど、今となってはそう言う話をする相手も、想像を巡らせる神官も巫女もそばにいない。姫様は久しぶりに、随分楽しそうに笑っていた。三〇〇年神殿にいて見つけた趣味が、人の色恋に関わることというのは、なんとも春の女神らしい趣味だと思う。いいかどうかは置いといて。

 その笑顔に癒される私も私だけれど、私しかそばにいない現状、以前は一緒になって笑っていたのに、矛先が向けらてしまっている自体に納得いかなかった。


 姫様を室内着に着替えさせて、寝室を出る。騎士であるはずのハガテが、慣れた様子でお茶の用意をし、連れてきた美丈夫を寛がせていた。私の視線に気がついたのか、「野営地では上官の給仕をさせられることもあったんだよ」と笑った。

「お待たせしました。それでは−−ええと、あなたはどなたです?」

 向かい合って席に着くなり、姫様が訪ねる。腰を落ち着けてからあまりに急で、率直すぎる問いかけに、私は言葉を挟む隙もなかった。押し黙る私たち三人を前に、姫様はきょとんと瞬くだけだ。

「何か間違えたようですが、わたくしたちしかいないのです。時間も有限なのですから、お話を始めませんか?」

 女神としての威光だとかはいいのだろうか、と思う。効率重視というよりは、自分の興味が向くまま答えを早く求めた結果だとしても、もう少し配慮してもらえないだろうか。みるからに高位の貴族育ちである相手の事も考えて、形式とか、手順とか、体面とか。

「そんなものを守っても、今、救われるものはなくってよ?」

 私のささやかな進言は、あっけなく退けられてしまった。それでも、体面を大事にすべき場面というのはあると思うのだけれど。姫様は私のそんな思いなど一切気にせず、ハガテたち二人の方へと向きなおる。

「では、もう一度聞いたほうがいいですか」

 あなたのお名前は? そう自然に言い出しそうな雰囲気に、ハガテは制止の手を挙げた。

「まず、夜分遅くの訪問にを、寛大なそのお心でお許しいただけた事、誠に感謝いたします」

 はい、と姫様は笑って頷いた。

「こちらはロルフ様。あなたにお会いするべく、王都からここまで私がご案内いたしました。」

 黒髪に紫紺の瞳。洗練された身のこなし。私は、ハガテがその正体を告げる前に、薄々分かっているような気がした。

 ハガテの言葉を遮って、ロルフは姫様の方をじっと見つめ、口を開いた。

「ずっと、あなたに会いたかった。物心ついてから、私はずっと、あなたに会わねばならないと思って生きてきました」

「どうして?」

 瞬く姫様に、ハガテが答えを口にする。



「こちらのロルフ様は、神聖ニルヴァニア王国、第一王子であらせられます」




 エレオラウファンの、遠い子孫にあたるのですよと、ハガテはいった。







25日中に更新するつもりが、ぎりっぎり間に合いませんでした・・・。

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