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11.待ち望んでいた踏みいる者

「姫様、暖かい季節とはいえ、日暮れ後の風は、体に毒です

とうとう日が沈んでしまった外を見ながら、ウィリアローナは目を伏せ息を吐いた。その様子を心配そうに伺いながら、ミーリエルがそばに寄って、静かに窓を閉めていく。

 昼前のお茶の時間をおえてすぐにあった知らせから、ウィリアローナは自室に留められたままだった。

 その後も結局何も手につかず、そわそわと室内をうろついていたものの、やがては夜になり、寝室に通される。エヴァンシークは時間になっても戻ってこないし、ミーリエルをいくら差し向けても、先帝陛下の安否を知ることはできなかった。

「ミーリエル」

「わかってます姫様。何か知らせがあれば、必ずお伝えに参りますから」

 何度も何度も念を押して、床に着く。布団の中でしばらく起きていたが、やがては眠りについてしまった。そんな主人を見届けて、ミーリエルはやっと息を吐く。目を離した途端、ウィリアローナが寝台を抜け出して部屋を出てしまいそうで、ミーリエルは今日、ここで番をするつもりだった。

 ウィリアローナの傍で窓の外を眺める。空にぽっかりと浮かぶ月に向け、ミーリエルは手を組んだ。

 そうして、先帝陛下の無事を、ただ祈った。




 柔らかい暗闇の中で、ぼんやりと思う。


 あぁ、幽閉なんかしなくても、つまり、


「つまりこれで、私の動きを封じることができたわけだ……」

「あれ、生きてる」

「生きてる、じゃないわよもー! というかおうさまも、なんなんですかその第一声。エリは窓から入ってこないで!」

 目覚めて思わず呟けば、スタシアが窓に向かってきゃんきゃん吠えていた。思わずそちらを向こうと寝返ろうとして、痛みに呻く。途端に顔を青くしたスタシアが視界に現れた。

「痛みますか?」

「殺されなかったんだねぇ」

 しみじみとそういえば、もう、とスタシアの目がつり上がった。

「生き残ったのが不満、のような言い方しないでください。せっかくお守りしたのに」

「まぁ隠密が護衛してるのに怪我させてる時点でどうかと思うけどね」

「まんまと、対象攫われたあんたに言われたくないわよ」

「攫ったその口が言うのか、いいのかなー。私はあなたのお願い聞いて、あの人守ってあげてるのに」

「私、あなたの姉だもの」

「せんせいが一緒だっただけでしょ。て言うかそれ理由になる?」

「まー、生意気!」

 また、スタシアがきゃんきゃんと吠えている。そこに返す言葉が止まないわけだから、応酬が終わらない。

 と言うかこの二人なんでこんな仲が悪いんだ……。もしかしてずっと前からの知り合いなのだろうか。気にはなったが、あまり聞き覚えのない話し方をするスタシアが物珍しく、口を挟まず好きに喋らせることにした。

 ともかく、回らない思考の中で、疑問符だけが増え続ける現状を誰か説明してほしいな、とレオンセルクは動く右腕を顔にのせた。

「聞かないの? 何があったか」

 窓のある右側から寄ってくる気配に、腕をずらしてその顔を見る。

 一度、エレオリアの眠る部屋で会った、隠密か何かだ。細い身体を黒っぽい服装で覆い、顔が隠れるように首元に布を巻いている。

 影に生きるにしては、その金髪は少し眩しいような気がしたけれど。

「何があったかも何も、私が、刺されただけでしょ」

 その子はぱちぱちと瞬いて、

「それは、そうですけど」

 それだけでいいんですか? と言いたげに、その隠密はレオンセルクを見つめてくる。

「いいんだ」

 もう十分。十分わかったから。

 なにがです、と呟いたのはスタシアだった。

「命を狙われるくらい、憎まれているのが、わかったから」

「だれに」

 息を潜めたその問いかけに、レオンセルクは嗤う。聞くまでもないことだった。

「本当に、そう思ってるの」

 問いかけとともに目を眇めて、確認するように聞いてくる。それにも嗤い返すことで応えれば、スタシアがそんなこと、と寝台に身を乗り出して来た。

「そんな、皇帝陛下があなたに向けて放ったなんてこと、そんなの」

「自業自得だよ」

 スタシアの言葉を跳ね除けるようにして、その子は言った。その口は笑っていたけれど、目が笑っていなかった。それだけに、その言葉が本気で思っているのだとわかる。

「そうだねぇ。そう。……自業自得だ」

 レオンセルクが頷いて、復唱すると、さらに深く、にっこりと笑う。なぜだか怒ってるような気がするのは気のせいだろうか。

「エリ、だっけ」

 たしか、そんな風に名乗った気がする。

「はい。エリですよ。覚えていらっしゃらないようなので付け加えると、あなたの言葉通り、エヴァンの味方になってあげたエリですよ」

 ことさらに正体を明かすような言葉に、記憶をたぐる。


『エヴァンの味方に、なってくれる?』


 小さな子どもに、そんな言葉を投げかけた。そんな記憶を、やっとの事で引っ張り出す。へぇ、とレオンセルくは瞬いた。あの頃は見るも無残、みすぼらしく、細くて頼りない、顔が綺麗なだけの子どもが。

 今はどうして、こんなにも生き生きと目を輝かせている。

 思わず寝台に横たわったまま、右手を伸ばした。身構えるかと思ったが、エリは身じろぎせず、その手の行方を見つめる。

「大きくなったねぇ」

 ぽん、頭を撫でる。レオンセルクはいつだってつい、誰かの頭を撫でてしまうのだ。なぜだろう。なんだか、よしよししてやりたくなる人が、周りに多くいるというだけなのだけれど。

「綺麗になった。君があの人の隣にいるというのなら、とても頼もしいよ」

 撫でられた頭をなぞるように、エリは手を頭に置いて、レオンセルクをじっと見つめていた。その視線を受けて、レオンセルクは複雑な気持ちになる。


 この子はエヴァンシークの味方なのに、どうしてレオンセルクをここで殺そうとはしないのだろう。


「私が生きていることを、あの人に言うかい?」

「いいえ。私はいま、エヴァンの駒ではないので。言わない保証もしませんけど。まぁ、出逢って訊かれたら、言うかもしれませんね。

 そうなんだ、意外だな、とレオンセルクが言えば、野良猫みたいなものなんですよ、とエリは言う。

「ありがとう」

 唐突にレオンセルクの口から言葉が漏れて、エリがなにがです? と首をかしげる。同じように、なぜだろう、とレオンセルクは首をかしげた。なぜ、ありがとうと言ったのか。レオンセルクはずっと、この子にお礼が言いたかったような気がした。

「君は、あの人がいちばん孤独な時に、あの人のそばにいてくれたんだなと、思って」

 王になってから、伴侶を得るまで。レオンセルクがめちゃくちゃにしてしまったお城の力関係を、彼は妨害を受けながらもたった一人で立て直した。一人とはいえ、きっと、このエリがいなければ成し得なかったことだろう。

 謝罪をして、許しを得るつもりはなかったので、お礼を言うことにしたのだ。それを、受け入れてもらえるかどうかは別として。

 エリはぽかんと口を開け、みるみるうちに呆れ顔になった。おや?とレオンセルクが尋ねる間もなく、

「まったくこの人ときたら」

 ゆっくりと立ち上がり腰に手をあて、レオンセルクを見下ろした。

「ねぇ、スタシア? 私はね、ある程度、想像していました。が、……想像以上の馬鹿ですね。このお方」

「なっ」

 憤慨するのはスタシアだ。レオンセルクはきょとんとエリを見つめている。

「なんでだれもその頭、ひっぱたかなかったんでしょう。さっきから言ってることめちゃくちゃなんですよこの方。むしろ今から私がひっぱたいてやりましょうか。自分は何も怒ってないって顔して、無関心のくせにエヴァンのこと心配してるように見せて。腑抜けててイライラします。なにがあったかなんて知りませんけどね、いつまでもずるずると未練がましく引きずって、身動きできなくなってるくらいなら全部サラにして現在地点をちゃんと見やがれくださいな。せんていへいかさま。その時、なにを大切にするべきだったか。状況というものは変わっていくのだというのに、いちいちたった一つにこだわって! 腹立たしいことこの上ありません」

「え、エリ…? なに、突然」

「あなたのことも、ひっぱたいてあげていいんですよ?」

 レオンセルクのよくわかっていないところで、エリがとても怒っている、と言うのはよくわかった。けれどなにに怒っているのだろう。スタシアはある程度検討がついてるようだったが、勢いに押されてなにも言えない。ひっぱたかないで、と頬を抑えるスタシアは、完全に劣勢だった。

「あなた、この人のこと甘やかしすぎていやしませんか」

「エリに言われたくないんだけど……。皇帝陛下こそ、いつになったら、だれか、面白いことになっていますよ、って教えてあげるのかしらと思っていたわ……。結局ウィリアローナ姫が怒るまで誰もなにも言わなかったんじゃない。フォルトナ様が宰相になってやっと皇帝陛下に物申してくれる方ができたのだわ」

「いいんですよあの人は別にあれで」

「よくないわよ」

「そんなことよりこの人でしょう? だれもかれも腫れ物に触れるようにして、傷つかないよう大切に真綿に包んで。自分で顔を覆って目隠ししてるこの人に、みんなでよってたかってそれでいいのだと肯定する。そんなの」

 エリがスゥッと息を吸った。

「いいわけないでしょう」

 はたから見て、そういう状況だったのか、とレオンセルクはただ興味深く聞いていた。耳を塞いで目を閉じて、優しい言葉にすがって生きてきたのは、いったいどれほどの年月だろう。

 生まれたばかりの息子が、お嫁さんをもらうくらいの時間、レオンセルクはそうやって顔を覆ってうずくまっていた。

 それにしてもどうしてこの子がレオンセルクのために、そんなふうに声をはりあげるのかは知らない。

「エリが、なんで」

「エヴァンの隣をくれた人だから。正直に言えば。あの時あそこにいた皇妃様にお礼を申し上げたい、けど、それができない。でも、あの人も、あの人も、あの人も。私が大切な人だと思って思い浮かべる誰もが、このレオンセルク陛下の幸福を祈ってる」

 私も、祈っている。

「この人、ちゃんとしたら本当にちゃんとしてるじゃない。蹲らずに、ちゃんと背筋を伸ばして、前を見て、進んだら、そうすれば、誰もがなんのわだかまりもなく見上げられる。言い訳しながら、守らなくてもいい」

 理由を探して、しょうがないって呟いて、囲んで守ってる今の状況は、誰にとってもよくはない。わかるでしょ。本当は、みんなわかってるんでしょう。

 エリは誰もが触れてこなかった部分に土足でふみいり、荒らしている。でもそれを誰も止めようとしないのは、ずっと待っていたのかもしれないな、と他人事のようにレオンセルクは思っていた。

 そんなレオンセルクさえも、エリは見透かしているのかもしれなかった。

 うろたえて傷ついて縮こまっているレオンセルクの傍で、ただ冷静に、見守るだけの、壊れていないレオンセルクの部分を、この子は知っているのかもしれなかった。

 スタシアもきっと、変えてくれる誰かを待っていた一人だった。こんな風に、現状を突きつけて変わらざるを得ない状況になるのを。きっと、ずっと待っていたのだ。


 だというのに、どうして。


「どうして、エレオリアは目覚めないんだろうね」


 わかっているのだろうか。レオンセルクが顔を上げて、背筋を伸ばして前を見て、進んだぶんだけ。

「エレオリアを置いていけないよ」


 エリは何も言わなかった。黙り込んで、寝台に横たわるレオンセルクを見ている。スタシアは視線をそらして、レオンセルクの手当を始めた。




 それを理由にして、とどまっていたとして。


 エレオリアにどんな顔を向ければいいか、レオンセルクは考えないことにしていた。



書いてる私がスッキリしてるんだけど、エリが思いの外出張っててどうしようかと思ってる。



というか完全に1日勘違いしてて、あと3分で六日になることにたった今気がついたわけでして。すごいびっくりした。すごいびっくりしました。いつかに間に合ってよかった。

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