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8.全てはあなたのために



「それで、どうなさったんですか」

 深夜の研究室で、お茶の支度をしながら、スタシアが楽しそうに続きを促してくる。他人事だと思って……と恨めしく見ていると、「なんです?」と顔を上げて微笑む。なんだか思わず、手を伸ばして頭を撫でてしまった。きょとんと瞬くスタシアが意外にも珍しく、つい、くつくつと笑ってしまう。

 ひとしきり笑って、笑いが収まってから細く息を吐き出し、スタシアの方を見ないまま問いかけた。

「バレて良かったと思う?」

「良かったのではないですか」

 レオンセルクの問いかけに、スタシアの返事はあっさりとしたものだった。どうぞ、とレオンセルク好みに淹れた紅茶を目の前に置いてくれる。

 ネリィが帰って、アガタも帰った一人きりの研究室。深夜から朝方にかけて、一人でいるレオンセルクの元に、スタシアはふらりとやってくる。来る日もあれば来ない日もあるが、来るときはいつだって突然で、当然のように、お茶の準備を一緒に持ってくる。

 そうして、熱々の紅茶を淹れてくれるのだ。

 今日もまた、そんな風に支度をしながら他愛ないレオンセルクの言葉を聞いてくれて、レオンセルクの形のない不安に、なんてことないように答えをくれる。今も、晴れやかにスタシアは顔を上げて、

「ほっとした顔をしてますよ」

 と、にんまりと笑った。前の長椅子に、遠慮もなにもなく腰掛けるスタシアは、侍女のお仕着せ姿だ。そんな姿で持参した焼き菓子を食べ始める娘を見て、肩の力が抜けてしまった。

「あの子が、僕らを辿り着くべき結末に、連れていってくれるのかな」

「それは…、どうでしょう」

 あっさりと、それは違うと思いますよ、とスタシアはいう。

「そっか? 違うかな……」

「辿り着くのは、おうさまですよ」

 全幅の信頼を寄せてくれるのがわかって、苦笑するしかなかった。これだから、嫌だったんだ、と再び思う。こんな風に、昔から知っている大人に、ただそれだけで、なんの躊躇もなく付き従うのだから。

 子どもなんて、自分なんかのそばに置くべきではなかったのだ、と。

「一度、落ち着いた場所に話すことになったよ。私はヘルクス博士として、彼女の要求を聞くために、あの子が用意した一室に赴くことになった。あの手紙の要求が、成就されるということだね」

 侍女のミーリエルが毎日運んできた、その苦労が報われたみたいで良かったねぇと、まるで他人事のようにレオンセルクはいう。スタシアはじっとレオンセルクを伺うが、特になにも取り繕うことはしなかった。本心だったからだ。

「午前中は、皇帝陛下は議会に立ち会うだろう。朝の議会が早く切り上げられることはまずないから、昼前のお茶の時間に、会うことになった。昼間に、出歩かないといけないんだけど」

 そこで言葉を切って、入れてもらったお茶を口にする。うん、美味しい。このスタシアができないことを、レオンセルクは知らない。きっと何処へでも、レオンセルクが行くところの一助になるのだろう。

 レオンセルクこそ、全幅の信頼をスタシアにおいている。聞かなくてもそのように動くことはわかっていたけれど、それでも、

「こっそり外に出るのを、手伝ってれる?」

 と問えば。臆面なく「もちろん」とスタシアは笑って、頷いてくれた。

「その代わり、と言ってはなんですが」

 お願いが、あるのです。

 そう告げたその目は、笑みをたたえているにもかかわらず、泣きそうな、何か、堪えているような、そんな表情をしていた。






 城の奥、最奥と呼ぶには少し人の気配が近くはあるが、

「あの子のことを娘みたいに、思う資格があるとは思えないけど」

 けれど、長いこと一緒にいる子から、あんな風にまっすぐお願いされたらかなわなかったよ。でもねぇ、とレオンセルクは肩をすくめて小さく笑う。


「珍しく、願い事を言ってくると思ったら、それが、こんなことだなんて」


 眠るエレオリアを見下ろしながら、こんな気持ちで、こんなことを思うのは許されないことだろうねと、自嘲しながらその場を離れ、窓辺に腰掛ける。

 そこは、エレオリアの眠る客室だった。いつの間に、後宮からこんなところに移動させたのだろう。誰の手を使って。ロードロスが城をさる直前に、影でも使ったのだろうか。それともレオンセルクは以前にもここにきたことがあるんだろうか。もうそれさえもわからない。

 その客室は、かつて増築された迷路のような後宮だった場所を、客室にしたところだった。レオンセルクの父の代、城の一部は増築に増築を重ね、よくわからない構造になっている。その頃後宮の入り口だったところがもう少し奥の扉からとなり、使えそうな部屋は客室として使いまわしている形だった。ロードロスを含む高官たちの実権を、レオンセルクの父が制限している中、それでもうまくロードロスが立ち回っていた時代の話であるため、レオンセルクは詳しく知らないのだけれど。

「スタシアは、あなたに会いに行けと言ったよ」

 眠るあなたに、会いにいって欲しい、と。スタシアはレオンセルクに願ったのだ。もう、ずいぶん来ていなかった気がする。最後に来たのはいつだったろう。

 いつ見てもエレオリアは美しく、儚く、いつ心臓が動かなくなっても不思議ではなかった。なぜ生きているのか、わからないほど。

 春が来たのに、どうしてエレオリアは眠ったままなのか、誰が教えてくれるのだろう。

「老いることのないあなたの隣で、どんな顔をして、何を願って、生きていいのかわからないんだ」

 もう、ずっと、レオンセルクはわからない。

 寝室を抜けて、居間に行く。扉を閉めることでエレオリアの姿が完全に見えなくなって、息をついた。スタシアの用意した毛布にくるまって、長椅子に横たわる。スタシア自身は、今はいなかった。裏で何を動いているのか、彼女はここのところレオンセルクのそばにいない。

 彼女の思惑はといえば、単純に明るくなってから研究棟を出るよりも、暗い間に出た方が安全である、というのが第一だった。そのために夜を過ごせる場所といえば、この部屋を使うのが一番で、それだけの理由だとわかっていても、レオンセルクは落ち着かない。ここで目を閉じたとしても、眠れる気がしなかった。

 はぁ、とため息をついていると、露台になっている窓の外から何か物音がして飛び起きた。そちらの方に目をやって、目を離すことも、身じろぎすることもできずにいる。

 そうやってレオンセルクが見守る中、その窓は乾いた小さな音を立てて、ゆっくりと開かれる。

「あらいやだ」

 お互いに目が合って、レオンセルクが何か言う前に、その人はそう口走ったあと、なんちゃって、と世界の秘密を内包したかのような顔で笑う。臆面なくレオンセルクの横たわる長椅子のそばにやって来て、その人は最大級の敬意を示す礼をして見せた。

 敵意は感じず、警戒したところで抵抗もできない現状に、一種の諦めを抱きながらレオンセルクは起き上がる。まだ朝は遠く、薄暗い中で、その目だけは爛々と楽しそうに輝いていた。

「こんなところでお会いできるなんて、思いませんでした」

 静かな口調で、その人は囁いた。誰に感謝すればいいでしょう、とつぶやきながら、両手を組む。君は、とレオンセルクは囁くのに、次の言葉が出てこない。薄闇の中でも、その顔がひどく整っているのが見て取れた。髪は肩に届きそうなほどの長さを、一つに結んで尻尾のように揺らしている。十代の中頃程度にしか見えないのに、それ以上の落ち着きがある。

 覚えのない人物だった。

 こんな人物に、レオンセルクは出会ったことがない。


 なのにどうして、この人はこんなにも深く、深く、レオンセルクへの敬意を表して見せるのだろう。


「もう一度、お会いしたかったんです」

 静かな表情は、よくよく見つめていると、一切の感情をうかがわせなかった。そういえば、とその服装を見てみれば、何度かスタシアが身にまとっていたのを見たことのある、影を行く隠密のそれであった。時々隠密として失格ではないかと口出ししたくなるようなスタシアに比べると、ずいぶん似合っている。

 そんな人物に、レオンセルクは一度会ったことがあると言うのだろうか。どこで?

「今度は、あなたの味方になっても、いいでしょうか」

 見えなかった感情が突然、祈るような笑顔になる。あの時すくいあげてくださったあなたのために、動いてもいいでしょうか、と。

 それは、承認を願う言葉ではなかった。好きにするから、許してほしいと言う、宣言のようだった。

「そこまで、想ってくれているなら」

 その視線をはねつけて、勝手をすると宣言するその人を拒絶することはできず。

「一度だけで、いいよ」

 誰か思い出せないまま、レオンセルクはつぶやいていた。

「本当に守りたい人は、目を離さないで、そばにいて、守らないとダメだから。私のことは、一度だけでいいよ」

 そう言って笑って見せたのに、その人は一層深く深く頭を下げた。

 

「お礼を言いたいのは、私の方だよ」


 目を離してはいけないと、自分の言葉が、自分に返って来たようだった。その人への言葉によって、自分の本心を知った。エレオリアのそばに、いなければといつだったか思ったのに。そう思って北の領地からここに戻って来たのに。

 それでもなお、レオンセルクは距離を置いて逃げてしまったのだった。

「ここには、なぜ来たのかな」

 こんな時間に、それも、窓から。たまたまそこに、レオンセルクがいただけなのか、それともレオンセルクに接触する機会を伺っていたのか、どちらだろう。

「しばらく城を離れていたんですけどね。姉弟子に頼まれると断れなくて」


 眠り姫の、守りをしていました。


 言われて、瞬く。合わせて、度々そばに控えることのなくなったスタシアを思い、すべてと言えずとも何が起きていたのかが推測できた。

「名前を聞いてもいいかな」

 ごめんね、と思い出せないことを告げ、そう言うと、その人は感情の読めない表情に戻ってしばし沈黙した後、綺麗に笑った。


「エリとお呼びください」


 読んでいただきありがとうございます!

 遅くなって申し訳ありません。。。


 予定してたところにたどり着けなかった上に、予想だにしていなかった人の登場に一番驚愕を隠せないのが作者で大丈夫でしょうか。

 不動の人気を誇るその人ですが、今回出ずっぱりになると本当にいろんな人たちが食われてしまう心配があるので、イベントの一時加入みたいな気持ちでいてもらえると幸いです。

 うん、それにしてもスタシアの安定感がお気に入り。スタシアとその人の関係は完結後の番外編とかに書けたらいいな。その人の方がもう少し意地の悪い性格だったら、本編に組み込めれた気がするんですけど。


 遊びをとって話数の計画を立てているはずなので、多分大丈夫なんですけど、話数18話以上になることも念頭に置いた方がいいなぁ。



今後もよろしくお願いします!

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