表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/91

18.いつかこの日の出来事を、君に語る日が来るだろうか。



 今にも泣きそうに見開かれた目でウィリアローナはそれでも泣かない。悔しさに、唇を噛み締めて、でも負けるまいと必死にレオンセルクの方を見つめてくる。


「さい、しょから、魔性、に、魅入られているというのは、どういう」

「ん? あれ、知らない?」

 神聖王国公爵家なら、知っているものだと思っていた。

「神様と春の女神様と人間の娘の話。神聖王国の最初の伝説。建国譚」

 それに対して、ウィリアローナは知っている、と頷く。視線で続きを促されて安心した。

 ウィリアローナはレオンセルクがこれから語るトンデモ論を、果たして受け入れてくれるだろうか。

「私はあれ、神様が人間で人間の娘が魔性だと思うんだよ」

 訝しげに顔をしかめられたのがわかって、思わず笑う。

「誰からも愛される人っているよね。神聖王国の、先王時代の王太子がそうだった。行方不明になっちゃったけど、あの人は本当に誰からも愛されたよね。家出して、行方不明になっちゃって、残された人が可哀想だったくらいに」

 それが、最初の人間の娘もそうだったんじゃないかって、レオンセルクは思うのだ。

「神様って言うのは、その時代に元々あった国の王様で、女神様はその奥さん。奥さん押しのけて、神様は魔性の娘を召し上げた、っていうの、どうかな」

「では、なぜ冬は」

「そこなんだよねー」

 冬がなぜくるのか、という問いに、これでは答えられない。登場人物すべてをただの人間だったとするトンデモ論だからだ。

 やっぱりこの案却下かな? とスタシアに聞くと、私は最初に申し上げました。と冷たく返された。思いついた時に語って聞かせたときから、彼女はこの調子だ。そっかそっかーと肩を落とす。


 だって、レオンセルクは信じたくないののだ。


「君はファンタジーを信じているのかな。私はあんまり信じていないんだけど。まぁ、実際百何年も冬が巡り続けたり、春が戻ってきたりしているから、私の負けかなぁ。ファンタジーは存在するもんだねぇ」

 胸の痛みをこらえながら、レオンセルクは目を閉じる。信じたくは、なかったのだ。世界に神様がいることなど。今はもういないのだとしても、確かに存在したのだという事実など。

「でも、やっぱり納得できないのは、何故ハプリシアに春は取り戻せなくて、君に取り戻せたか、なんだよ。父親をここで明らかにするのはやめておくよ。でも、大して変わらないはずなんだ。正統性がどうもなにも、大した問題じゃないはず」

 だって。


 エリオローウェンにだって、春は呼べなかったのだから。



「だとしたら、やっぱり君の母上に何かあったとしか思えないんだよね」


 混乱するウィリアローナを前にして、レオンセルクは語る。調べたこと。調べても何も出てこなかったこと。ウィリアローナの母親が、正式な地位についていなかったこと。

「疑わしい事実ばかりが出てきて、肝心な真実が出てこない。だから、私は君に聞きたいんだ」

 エリオローウェンの最愛プリマヴェルは、何者だったのか。

 力を持たぬ古代紫の瞳の少女は、ふるふると首をふる。亡き母を侮辱されて、憤りに顔が赤くなっていくのが見てわかる。なのに、返す言葉が見つからず袋小路に迷い込んでいるようだった。

「神様は、人間の娘に恋をして、結ばれて、息子が生まれた。息子に王国を与え、女神が自然に反した祝福を与えた」

 畳み掛けるようにして、レオンセルクは繰り返す。

 市井に知られる建国譚ものがたりを。

「女神が王様に恋をして、祝福を与えた」

 神聖王家に伝わる建国譚けんこくたんを。


 ウィリアローナは知っているはずだ。

 エリオローウェンが手にしていた、先王家に伝わる建国譚しんじつを。


 いや、もしかすると、エリオローウェンでさえ知りえなかった歴史を知っているかもしれない。


 ゆるりと、ウィリアローナはレオンセルクを見る。

 静かな瞳。祈りを捧げる聖職者のような、物言わぬ穏やかな眼差しで。

 その胸のうちで、一体誰の名を叫んでいるんだろう。


「本当に恨んだのは誰で、嘆いたのは、誰だったのでしょう」


 声は、もう出ないはずなのに。ウィリアローナははっきりと口にした。

 その、問いかけでもない静かなつぶやきに、レオンセルクは確信する。胸に熱いものがあふれ、自然と顔には笑みが浮かんだ。

「全て、君は知っているね」

 言葉をかけた途端、ウィリアローナはまるで意識が戻ったかのように瞬いて、人間らしい表情になる。さっと体がこわばり、顔色が白くなった。あ、と思う。レオンセルクはきっと、今、最大の機会を失った。もう、彼女の声はほとんど出ない。先ほどの色を保った声は、一体どうやって出したのか、レオンセルクにはわからなかった。きっと、ウィリアローナにもわからない。

 小さく息を吐いて、レオンセルクは目を閉じる。スタシアの合図に、観念した。そろそろウィリアローナの居場所を移さなければ、見つかってしまう頃合いだった。

「ほんとは全部聞かせてもらうつもりだったのに、君が余計なことするから」

「悲鳴などあげられて、化け物騎士に襲われるのは避けたかったので」

 そっかそっか、と笑う。ウィリアローナに付き従う神聖王国からやってきた少年騎士は、いずれ帝国最強の騎士になるのだろう。

「その状態じゃ、語らせるのは酷だしなぁ。また今度にしようかな。その隙があると良いんだけどねぇ」

 軽薄に笑い続けていると、ウィリアローナの眼差しがきつく、レオンセルクを睨みつけた。迫力はなく、脅威はない。だから、またね、とレオンセルクは片手を上げる。

「また今度ね、お姫様」

 椅子から立ちがる。ウィリアローナの横を抜けて、出口の方へと歩き出す。この後はスタシアがウィリアローナを次の場所に連れていく手筈になっていた。

「ま、って」

 ほとんどかすれて聞き取れない呼びかけに、振り返る。

「うん?」

「なんで、こんな」

 もっともな質問だった。ウィリアローナにはきっと、知る権利がある。

「ハプリシアだと思ったのさ、君のこと」

 なのにね、聞いてた話とずいぶん違って。

「あの人を愛してくれる花嫁は、リンクの妹だとばかり思っていたんだ。息子のように思っていた、たびたび可愛がっていたあの可愛い王子の。それが違うって言うから、調べたくなった」

 まぁ、とっくの昔に情報はまとめられて、聞いたその瞬間にこの子が書類を出してきたわけだけれど、とスタシアを示して笑う。

「そしたら今度は辺境伯が気になって、君の母上が気になって、調べていくうちに、決定的な何かが出てこないことに気づいた」

 だから、直接聞くしかないと思った。それだけの、話だよ。もう良いかな? と首をかしげる。ウィリアローナは顔をじっとレオンセルクを見つめたままだった。

「あなたは、誰」

「私かい?」

 何だそんなことかと笑って、軽やかに向き直る。ウィリアローナの顔を、親しげに覗き込んだ。なんて名乗ろうか、と迷いながら、正直に告げることにした。

「私は、最もコウテイヘイカを愛さなくちゃいけなくて、それでいて、あの人から最も憎まれている者だよ」

「それ、って」

 どうやらウィリアローナには正しく伝わったらしい。

「きっとあの人は、花嫁たる君の口から、私の存在がこぼされることさえ、耐えられないことだろうから」

 こんなことを、あの人のいないところで、ウィリアローナに言うのはきっとずるいことだろう。

「私は、幸せにしたかっただけなんだけど。でも、私が望んだ幸せは、あの人の不幸に繋がってしまった」

「あの人……」

 そんな風に呼ぶの、と痛みを耐えるようにウィリアローナは囁いた。うん、と頷く。皇帝エヴァンシークは、優しい女の子を迎えてくれたのだと、改めて嬉しく思った。

「だからね、お姫様。あの人を幸せにしてやってくれないかな」


「愛されていた君なら、あの人のことも」


 もう、待てない、というように、スタシアはウィリアローナを取り押さえ、意識を奪う。崩れ落ちる小さな体を見下ろしながら、唇をかんだ。




 レオンセルクは、自分にもう、なにも打つ手がないのだと自覚するべきではないな、と思った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ