7.取り戻した場所で
スタシアが、時々、どこからか病人を連れてくる。怪我人ではなく、病人だった。従来の医療ですぐに良くなるものもいれば、長期の治療を必要とする者もいて、男女問わず。けれど、子どもを選んで連れてきているらしい。
後宮で治療をするわけにはいかないため、一本の廊下でつながる離れに出入りするようになった。その棟の一部屋に、常に誰か病人が暮らすようになる。
最初のひとりこそスタシアが病人の身のまわりの面倒を見ていたが、治ったとひとりがその役を買って出た。それ以降、治ってすぐには立ち去ることなく、次のひとりが回復するまで、先に治ったひとりがその身の回りの世話をするようになっていた。
次のひとりが回復すると、最初のひとりは元いた場所に戻すことにしている。これは、レオンセルクがスタシアや病人達に必ず、と約束させた。
「ねぇ、おうさま。どうして、必ず帰らなくちゃいけないのかな」
ずっとここにいればいいのに。最近の医学論文を読んでいるレオンセルクの隣で、スタシアが、まるで独り言のように呟いた。
「いいことはないよ。城にいることで、利用することを考える人や、利用されてしまうことだってあるかもしれない。ここにいることで、何が起こるか、よく考えなければいけない」
連れてこられる病人達にとって、ここが城であるとは明言していない。もちろん、レオンセルクが先帝だったことなど伝えるわけもない。
「君だって、人攫いをしている自覚はあるの」
苦笑しながら問えば、口を尖らせだまり込む。「ちゃんと、元気になったら送り届けてる」それでいいと思っているこの娘も、結局物事に疎い少女そのままなのだ。
スタシアが連れてくる子ども達は、保護者の了承を得ていたり得ていなかったりと様々で、それと同じだけ多様な事情を抱えていた。帰りたくないという子どももいれば、喜んで帰るという子どももいる。
ここにいることをずっと居心地悪く思う子どももいれば、家よりもここを好きになってしまう子どもも。
拒絶や依存を繰り返しながら、それでも変わりなく平等に扱う。拒まれても治療し、研究し、回復させ、元いた場所に送り届ける。どんな場所にいるにせよ、いつか来る春を、子ども達が迎えられるというなら。そんな気持ちが、いつしか胸中に生まれていた。
レオンセルクは今、ひとりで最奥の部屋にいる。スタシアは、結局この部屋には一度もきていていない。中に促したことはないけれど、入ることを拒絶したことだってないはずなのに。
「エヴァンシークは、立派に皇帝をしているよ」
眠るエレオリアに話しかける。最近は出来事が多すぎて、話す内容が増えた。数年前にリンクィンがやってきて、春の訪れを示唆した時は、弱音ばかり吐いていたのに。
なんらかの力で守られているエレオリアは、世話するものがひとりもいないにもかかわらず、美しいままを保っている。若く、美しい、眠りに落ちたあの時のまま。
ひとり老いを重ねるレオンセルクを置き去りにして。
「皇帝になって数年経った今は、北方の整備を南から順に行っているらしい。最北の急を要するところも気を配りながら。剣を振るうしか脳のない皇太子というのは一体どこの噂だったろう。気が付いたらそれも無くなって、私がめちゃくちゃにして機能しなくなった議会の妨害もなんとかこなして」
ロードロスも裏で手を回しているらしいけれど、あまり表には出なくなってる。若き皇帝に抵抗する派閥が、ロードロスを取り込もうと動いているようだから。捕まらないように、と。
孤独な皇帝。頼りにすべき宰相も隣におらず、数人の手勢と、認めてくれている軍を味方になんとか国を動かしている。目立った動きをする貴族から粛清は始めているようだけれど。
「……本当に怖いのは、目立った動きのない奴ら、か」
古くからこの帝国を治める高位の貴族こそ、ぽっと出の学者上がりの皇帝や、その息子の若き皇帝に従うことはないだろう。そんな皇帝が二代も続いて、皇帝そのものを軽く見る動きが続いている。
「あわせる顔なんて、あるわけないんだ」
なぜ息子である新皇帝に会わないのか、そう聞かれたのは一度や二度ではない。先帝として心得など伝えるものもない。まともに皇帝として働いたことなど、ほとんどなかったのだから。
若き皇太子が皇帝となって数年のその年。
神聖王国の、春を呼ぶと言われた王女と婚約する、という一報が、レオンセルクの元へと届いた。
3/21誤字修正・ご報告ありがとうございました。




