暗転.皇位継承《エヴァンシーク》
城の最奥。だれも寄り付かないそこは、掃除のための侍女でさえも特別な者しか立ち入ることのできない場所だった。定期的に人が入るとはいえ、日の光の射さない室内は暗く、重厚な空気に満ちている。
台座に飾られているそれに、レオンセルクは手を伸ばした。ずっしりと思いそれは、本来頭の上に載せるものであるはずだった。
「……ずっとのせてたら、首が痛くて仕方ないよ」
思わず呟いて、小さく笑う。目を閉じて、冠を抱いた。普段目にすることなどない、頭に載せることなど滅多にない、お飾りその皇冠。きつく、きつく、抱きしめて。目の前に掲げた、冷たい固まりに額を押し付ける。
祈るように、目を閉じる。
レオンセルクは明日、この冠を、エヴァンシークに捧げるのだ。
押し付けるようにして、エヴァンシークに位を与える。
春を呼ぶ人物。
その者を、この国に招くかどうか。全ての采配を、エヴァンシークに任せることに決めた。
銀の髪、深海の瞳の少年を、思い出す。
神聖王国第一王子であるリンクリィンとの会談を、どんな風にして終えたのかは覚えていなかった。胸が熱くて、目の前が真っ赤になって、それでも笑みは絶やさずにいたのだろう。あれ以来たびたび、リンクィンが遊学と称して滞在するようになっていた。レオンセルク自身にも、酷く懐いていて、よく手紙が送られてくる。
そんな王子を、困惑を交えて迎えるレオンセルク。きっと、ロードロスやシエラは楽しげに見守っているのだろうと思う。
息子とも、こんな風に話せたなら良かったのだろうか。
母親のことを何一つ語って聞かせてやれないくせに、どんな顔で息子と向きあえば良いというのだろう。
「エヴァンシーク殿下、こちらへ」
宰相の案内にうなずき、歩をすすめる。侍従が渡してくる物を受け取って、露台へと続く幕をくぐる。
いましがた父から王冠を授けられた。父の瞳は何も語らず、形だけの笑みを向けられて、民の前へと送り出される。
生まれてこのかた辺境で生きてきた。学園の片隅で、忘れ去られたかのような境遇と、この身に宿る血の落差に戸惑って、考えないように剣を修めた。
それが今、こんな形で実を結ぶ。初めて見渡す王都の人々は静かに、新たな王を迎えてくれた。
はるか高みで、上辺だけの授けられた文言を口にし、王笏を手にする。民と、王笏と、交互に見つめて、目を伏せる。これを掲げ、民の歓声を持ってして、戴冠の儀は終わる。
(その、歓声を、得られると思うのか)
表に出てきたこともない、ただ突然、辺境から呼び戻され、わずか戦場を駆け抜けただけの、青二才が。
慣れ親しんでもいない父から、見慣れてもいない都を譲り受ける。それが、この身に宿る、血の宿命だとしても。
(なんて、寒い場所だろうか)
こんな所にいては、きっと、エヴァンシークがどんな顔をしていたって、民は気付かない。
諦めか、覚悟か。どちらにしても、求められるまま振る舞いさえすれば皆関係ないのだろう。
息を吸う。こんな高みで、凍えるのは自分ひとり。それで良いと、今ここで思えた。
この者たちを守らなければならない場所に、立ったのだと、ただ、それだけを理解すれば良かった。
何を考えているか分からない父に、近づきたい。話がしたい。母のことを知りたい。くちさがない貴族連中の言葉など、信じたくはない。
露台を下がり、鳴り止まぬ歓声にかまわず、辺りを見回した。王笏も、重たい正装も、引きはがすようにして侍従に押し付け、城の最奥を目指す。父の行方を探す。
慣れない城内で、迷ってしまったのか同じ場所をぐるぐるとまわる錯覚に、最後は通り縋った宰相を捕まえ、父の行方を聞いた。
「レオンセルク様は」
言い淀む宰相に、なにごとかと息を詰めた。この男が口ごもる所など、見たことがない。
慣れぬ城で唯一気安い相手は、そっと目を伏せたものの嘘偽りなく答えた。
「先ほど、城を出られました」
エヴァンシークに位を継がせた、その直後に。用は済んだと言わんばかりに。
そんな風にして、捨てられる程度のものだったのだ。国も、民も、息子である、自分自身でさえ。
口差がない貴族たちの、言う通りだと、思い知る。
本当に、父が国を愛していたことなど、なかったのだ。
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エヴァン可哀想なう。レオンお父さん勝手ですねぇ。子どもとも言う。




