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4.頂きに立つということ


 翌日、レオンセルクはロードロスの執務室を訪れた。

 長らく後宮から出てこなかった皇帝陛下の存在に、慌てふためく城の者たちを尻目に、執務机の向かい側へと勝手に椅子を引っ張って、座る。

 ロードロスも最初は面食らっていたようだったが、真顔のレオンセルクの様子に、やがて破顔した。お元気そうですね、と声をかけて、本日はどうされましたか、と。

 うながされて、レオンセルクは昨日の男の身元を聞いた。シエラと何かありそうな、知らない男。外見の特徴と、服装と、帯剣していたこと。それらを伝えると、ロードロスは眉を少しひそめて考えたあと、あぁ、と顔を上げた。

「国境警備隊の隊長ではなかったですかな。確か、今ちょうどこの城に戻っているというはずで」

 国境警備隊、隊長。口の中で復唱しながら、何故そんな男がシエラを追いかけていたのかと首を傾げる。目に見えて疑問を抱いている風を見せていると、ロードロスが呆れたため息を吐いていた。

 ロードロスの態度も今はどうでも良い。警備隊隊長のことも、この際。ただ、シエラが何故あんな風に怯えていたのかは知らなければならない。

 今更かもしれない。もっと他にするべきことはあるかも。けれど、レオンセルクのために人生を捧げてしまったシエラに、レオンセルクもできる限りのことをしなければならなかった。

 あんな風に、目の前で泣かせてはいけないのだ。


 そうして、はたと思考が止まる。絶えず傍らに侍っているスタシアに視線を向けて、途方にくれる。

 ここにも一人、自分のために人生を狂わされてしまう少女がいるのではないだろうか。

 王族とは、そういうものなのだと、かつて父が言った気がする。傲岸不遜に、いったい何人の人生を狂わせれば勝ちだ、とでも言いそうな風に。

 下手をすれば、頂点に座るただひとりのために、国中の人間の人生が狂うのだから、と。


 そうして、目の前の、今は亡き父と同じくらいの年である、ロードロス。

 彼も、だ。


 途方にくれる。呼吸の音が耳につく。心臓が痛かった。痛くていたくて、思わず手を伸ばして、握りしめる。胸に押さえつけた手は、それでもたまらず、服の上からでもなお爪を立てた。

 膝を折ってうずくまって。


 耳鳴りがする。遠くで、スタシアの声が聞こえる気がした。ロードロスが、侍従に指示を出す声も。


 心臓がいたい。

 医学者がなんて無様なのだろうと、笑うしかなかった。何も考えられなくなる。脳裏に、ただ、『愛してる』とだけが浮かんで、その言葉を繰り返した。




 陛下が眠る。皇妃と一緒に、その寝顔を眺めた。

 その部屋に寝台は一つだけ、普段レオンセルクが寝起きする部屋で、扉付近に医師が控えている。スタシアは、隣に座るシエラを、ばれないようにこっそりと見ていた。

 硬く握り合わせた両手は、指の先が白くなるほどの力が込められていて、そのただでさえ白い顔は、蒼白になっている。陛下に続いて、シエラまで倒れないかと心配した。

「……久々に奥から出てきて、身体が、びっくりしただけよ。また、すぐ起きる」

 スタシアの視線に気付いてか、シエラがそんな風に呟いた。そうですか、とスタシアは小さく相槌を打って、それ以上は続けない。その心中を察してか、シエラが小さく笑った。

「私まで、倒れるわけにはいかないわ」

 笑みを残して、身を翻す。政務に戻ります、と医師に告げて、シエラは退室していった。


 スタシアは、よくしらない。

 陛下と、皇妃の、その関係が名前通りでないその理由を、何一つとして。居場所を与えてくれた皇妃、名前を与えてくれた陛下。

 彼らが何か痛みを抱えていて、皇妃は、その痛みをスタシアに取り除いて欲しくて、こうして陛下に引き合わせたのだろうと。

 ただ何となく、そんなことを推測するしかなかった。


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