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16.あなたは僕に似ている。


 ばたばたと、足音が聞こえる。響くノックの音に、気怠げに身体を起こした。

 しばらくして、返事もしていないのに扉が開かれる。

「陛下……」

 現れたのは、呆れた面持ちのロードロスだ。

「殿下を、ハイマールへ向かわせたとか」

「うん」

「ハイマールを、これから手中に治めると先日言っていたように思いますが」

「言ったねぇ」

 誰がこんなもの置いたのだろう。執務机の上の、手のひらに乗るほど小さな植木鉢の花を突く。ここにもまた、例の白い花だ。皇妃だろうな、と何となく思いながら、その花に笑む。

「陛下」

 ロードロスが、辛抱強く声かけを繰り返した。

「だって、ハイマール側が言ったんだよ。非公式に、秘密裏に、言いにきた。あの国を奪ってほしい、乗っ取ってほしい、支配をしてほしいって。内乱に継ぐ内乱、その混乱の最中、王族が一人また一人姿を消し、それでも収まる所を知らないあの状況を、終わらせてほしいって。春は来なくとも、安定した帝国に加えれば民はそれだけで、って。

 ……この国のどの辺が安定してるの? それともハイマールの現状が酷いだけかな。この国の一部になれば春が来なくなる。それがどういう意味か、わかってるのかな。

 さてあの国の内乱は何が原因だったか。あぁ、そっか、私が知らなくても、君なら知っているか。じゃあいいや」レオンセルクはロードロスに向かって晴れやかに笑った。

「興味無いし、やかましいから、要請を飲んだだけだよ。誓約の際作られた秘密文書の効力は二十年。持ちかけた彼らは売国奴にならずにすむよう、その期間に手を打つ。突然隣国を乗っ取った帝国の皇帝として、君臨する。

 ねえ、ロードロス。君だって、私がそうすることで動きやすくなる部分があるだろう?」

 悪の皇帝の選んだ皇太子も、けっきょくやがては悪の皇帝となって、城内の反感の声を受け若き青年王へ位をゆずるのでした。そして彼が、春を取り戻す。

 どうだろう、とレオンセルクは楽しそうに話す。

「これで十分、物語になるだろう?」

 対するロードロスは同意も否定もしないまま、小さく息を吐くに留めた。

「どう、春を取り戻すおつもりです」

「うん。まず、前提として、この国土に入ることで国に春を取り戻す誰かが、どこかに必ずいる。ということ。このあいだ春を呼んだ誰かは、確かにそのときこの国にいて、春が去ったのはその誰かがこの国を去ったから、っていう仮説。その誰かを探す為に、国に出向いて、一人ひとり確認なんて大変だろう」

 当たり前のことをあえて言う。ロードロスが頷くのも見ず、レオンセルクは続ける。

「それなら、一国ずつ支配して、帝国の一部にしてしまった方が手っ取り早いんじゃないかなって」

 思うんだ。と、レオンセルクは笑って言った。










「わたくしだけなのでは、なかったの」

 妹が泣く。嘘よ、そんな嘘信じない。なんでそんな嘘を言うのよ。どうして、どうして、と。

「春を呼ぶのはわたくしだけと、皆言ってたのに」

 幼い妹の、信じていた物が失われた。




 ヴェニエール帝国から南。大陸で最も歴史ある国の一つに数えられる、ニルヴァニア神聖王国。

 その城の一室、子どもたちに与えられた、女官の一人も控えていないその部屋で、第一王子リンクィンは考える。妹の頭を撫でながら、先日帝国で起きた奇跡について。

 帝国に、七日ばかりの春が訪れた。

 春を呼ぶのは、ハプリシアだと言われていたにもかかわらず。長く、春のこない帝国に、春をもたらす娘だと、多くの人々から囁かれ、育った。

 特別な娘、たった一人。いつか、ヴェニエール帝国へ嫁ぐと、なんの約定も無く囁かれ育ったその王女。


 それは彼女が、古く春の女神を祀る日に生まれたことに由来する。

 エリオローウェンを失った神殿は、今度こそと色めき立ったのだろう。神聖王家と神殿の、水面下の対立は長く、けれど語られぬだけで国中が知っていた。

 ハプリシアが生まれて少ししてから、帝国は気まぐれに周辺の国を落としていた。そのため、和平を結ぶ口実として、きっとこの娘は春を呼ぶ、と神官らは言いだした。真偽を確かめることも無く、まわりの心ない貴族たちも口々に言いはじめ、ハプリシアをもてはやすようになったのだ。

 身内の誰独りとして、そう言い聞かせ育てた覚えはないのに。ハプリシアはいつの間にか、自身が選ばれたたった一人だと思うようになった。


 未来を約束された王女。冬に閉ざされた帝国の、救世主になるのだと。


 神の血を引く神聖王家。その神の血を引く娘が、春の女神に縁ある日に生まれた。だから、ハプリシアは春を呼ぶ。

 嘘か、真か、誰一人として正面から疑うことはなかった。神殿の力が強すぎた為だ。ただ遠巻きに、人々はハプリシアをもてはやした。


 リンクィンは、ため息を吐きつつ、眉をひそめる。

 神殿が正しいのか、どうか。ハプリシアが春を呼べるか、どうか。その真偽は未だ明らかになっていない。今最も重大な問題は、誰が春を呼んだのか、だ。

 それは、果たして人間であるのか。

 そして、その人物が、神殿に損なわれないか、どうか。

 神の血を引くのだと、神殿に見出されはしないか、どうか。


 最も厄介な、神の血を引くのなら王族であると言われないか、どうか。


 エリオローウェンが行方をくらまして十年と少し、春を呼んだ者が、もしも幼い子どもであったなら。

(考えすぎかもしれない)

 けれど、必ず誰かが考えだす。

 そうして、現国王や、リンクィンの地位を脅かすだろう。


「ヴェニエール皇帝に、会ってみたいな」


 ハプリシアを撫でながら、思う。

 振り向いて視線を向けるのは、窓の外。強い日差しの中で、咲き乱れる花。これを、帝国が待ち望んでいる。

 そうして、それを連れてくるものの存在が明かされた。

「皇帝は、いったい何を考えていると思う?」

 春を呼ぶと神殿に言われていたお前のことを、知っていたのかな。

 幼い妹は、兄の問いかけに瞬くだけだった。綺麗な青い瞳に、銀に輝く波打つ髪。

 まったく同じ色を持つ兄妹は、まさしく神聖王家の血筋の証明だった。

「春を呼んだ者も、同じ色を持っていたら大変なことだね」

「ね?」

 意味の分からないまま、兄と一緒に首をかしげる妹に、可愛いなぁとリンクィンは破顔する。

「僕の妹は、とても可愛らしいねぇ」

 にこにこと頭を撫でてくる兄を、ハプリシアとて嫌いではないのだろう。その笑顔につられるようにして、にこにこと笑いかけてくる。先ほどまで泣いていたというのに。

「ハプリシア。誰が春を呼んでも、たとえお前に春が呼べなかったとしても。君がこの国の大事なお姫様であることに、違いはないんだよ」

 だから大丈夫、とリンクィンは笑う。


「これ以上僕らを脅かすものがいると言うなら、どんな手でも使ってみせるから」


 僕ら兄妹は、誰かの代わりなど、なる必要などない。

 エレオラウファンを押し付けられたエリオローウェンのように。

 エレオリアを押し付けられた、


「僕の、婚約者のように」


 だからきっと、リンクィンも、エリオローウェンを押し付けられている。







 北の大国の、皇帝陛下。

 僕は、あなたのやることを恐れない。あなたがいくつ国を落とそうと。




 あなたが、僕とそんなに隔たってるようには思えないものだから。






読んでいただきありがとうございます。



雑記


需要! 需要は! どこにあるのか!! と戦慄する日々です。あとすこしあとすこしと唸りながら。頑張ります。あと本当にやらなきゃ行けないことも頑張りますorz


もうすぐ三章に入ります。よろしくお願いします。

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