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14.それはたしかに愛だった。




(森……辺境……春の女神……神々の、愛した土地)

 夢うつつに、鍵となる言葉を探す。

 ウィリアローナと、春の訪れ。

 それらを繋げるための鍵が、いつまでたっても現れない。けれど、きっと。これは。

(つながるだろう)

 結果を見据えた上での、仮説だとしても。

“ウィリアローナ”

 きっと、彼女が遮られた春を地上へと送る道なのだ。

(エリオローウェン)

 ウィリアローナのことを思うと、気がつけばエリオローウェンの顔が思い浮かぶ。銀の髪、深海の瞳。それらはやがて、エリオローウェンの顔のまま、黒髪と古代紫の瞳へと変じ、やがてまだ見ぬ少女へと形作られて行く。

「エリオローウェンは、何か知っていた気がするんだ」

 どこか、古い神話の舞台を目にして考察するような、それだけの知識量と、身軽さがあったから。

「知らないことなど、何もなかったように思うんだ……」

 懐かしくて、笑みがこぼれる。


 エレオリアが、長椅子の背に身体を預けて微笑む様子を、シエラは祈るような思いで見つめていた。


 四日目の、夜。

 レオンセルクは未だ、帰ってこない。エレオリアが他愛のないことを口ずさむようにして、意識を留めているというのに。


(へいか)


 はやく。どうかその手で、エレオリアに触れて。笑って。

 必ずいつか目覚めさせると、約束をください。

 それは、これから眠るエレオリアの為でなく。


 眠るエレオリアを見つめ続けるあなたの為に。


「……姫さま」


 卓に置かれた蝋燭の火が揺れる。日が沈んでもう長い。エレオリアは、今まさに永い眠りの淵に立っていて、それが、いずれ目覚める未来に続くものか、二度と朝のこない夜に繋がるものなのかも分からない。

 窓の外は、既に冷たい風が吹いている。

 春が、この国から再び去ろうとしていた。


 ふと、エレオリアの瞳が、シエラの瞳を真正面から見つめた。

 おどろいたな、と微かにその唇は囁き、ゆっくりと瞬く。

「シエラ」

 呼びかけられて、思わず目をそらした。

「お前の目も、古代紫だったのか」

「炎の色が映ると」

 咄嗟の言い訳のように、間髪入れず答えていた。

「いつもは、青にしか、見えませんでしょう」

 見方によって、大きく異なるのですが。ちょっと露骨に変わるでしょう。

 エレオリアの意識をつなぎ止めることができるなら、と身を乗り出して目を合わせる。

 さらに続けるのは、シエラ自身は忘れていたい昔話だ。

「私、この瞳のせいで、故郷を追われたんです」

 何をしたわけでもない。ただ、この瞳をもって生まれ育った為に。

 帝国と神聖王国の国境の森があるでしょう。あの森のどこかに、私の故郷があるんです。

「そこでは、紫の瞳をもつ子どもを、外へ出す掟があって」

 深海の瞳が見開かれ、意思がそこ宿るのをみて、シエラは泣きそうなほど嬉しく思う。

(陛下)


「では、エリオが見たと言う、少女は」

 エレオリアは思考をまわす。

(森で、見たと言った。それはシエラの故郷の、少女なのだろうか)


 そして、シエラの故郷で時々生まれる、古代紫の瞳、


 あぁ、そして、ウィリアローナ!


 とうとう繋がった。


「エリオは、見つけたのか……」

 焦がれた相手と、出会えたのか。

 しかしエレオリアは思い出す。ウィリアローナにまつわる不穏な記録。

(まさか)

 曇りかけたエレオリアの表情に、シエラはなにごとかと息をのむ。慌てて言葉を投げかけた。

「姫様、疑うわけではありませんが、姫様は、エリオローウェン様のこと、どうお思いだったのです。婚約者だったのでしょう。二人はどんな風に、神聖王国で日々過ごしていたのですか」

 問いかけに、エレオリアの意識がシエラの方へと返ってくる。

「……神聖王国は、歴史を繰り返し、よりよくしていくことを美徳とし、それが正しいことだと信じている」

 ぱちりとひとつ瞬きをして、彼女は穏やかに笑って言った。



「だからあたしはエレオリアで、エリオローウェンの存在を意識せざるを得なかった」


 かつて、隣の部屋。眠る自分の目の前で、同じ言葉を口にした青年がいた。

 エレオリアが、その事実を知る術はなかったけれど。



「だから私はエリオローウェンで、エレオラウファンの存在を意識せざるを得なかった」


 だからもう一度言うよ、と彼は笑う。

「それから逃れる為に、私はエリオと名乗ったのだよ」

 それ、とレオンセルクが瞬く。

 亜麻色の髪に、くすんだ琥珀の瞳。

 亡霊のような顔で、一年もの間眠り続けるエレオリアを見続けてきた青年は、痩けた頬を無理に引き延ばして笑顔のようなものを浮かべた。

 せっかくの男前が台無しだ、とエリオローウェンは内心肩をすくめる。レオンセルクという男は、派手な色を持って生まれてはいないけれど、それを補ってあまりある精悍な顔立ちと、穏やかな物腰、溢れる知性を持っている。

 それなのに、この男はまるでそれらを武器にしようとしない。

 王宮で魍魎どもを相手に戦ってきたエリオローウェンにしてみれば、それは怠惰で、大罪だ。けれど、レオンセルクは頓着しない。研究論文を見つめるような無感動な透明の瞳で、彼は言葉を紡ぐ。

「あなたが、エレオリアを愛していなかったとは思えないんだけど」

 そんな男からの問いかけに、エリオローウェンは首を捻る。うーんと呟いて、思い出すのは可愛い赤ん坊だった。


 物心ついた頃に、突然据えられた片割れ。そろいの名前を与えられ、いつか、最愛になるのだと聞かされた。揺り籠の中で眠る、宝物のような女の子。

 しばらく会わないままに時を過ごして、再び出会ったのは少女が五歳の誕生日。

 あとひと月もしないうちに、エリオローウェンが十一を迎えるという、その年の終わり。

 かつては揺り籠の中で泣きわめき、時には指を掴んで離さないまま眠り込む、小さくて可愛いかった自分と違う別の何か。それが、揺り籠の住人だった頃とは明らかに変化し、自分と同じ生き物になっていた。それでいて、それは、物語から抜け出したかのような、金の髪の可愛らしいお人形さんだったのだ。


 賢王の後継者、いずれ王太子になり、王になる、未来を約束されたエリオローウェン。この国を作った初代国王の息子と同じ道を、よりよくした上で歩むことが定められていた。

 そして、その妻と子の存在や子孫が明らかになっていないからと、据えられた花嫁エレオリア

 エレオラウファンの物語に、巻き込まれてしまった被害者エレオリア


 エリオローウェンも、エレオリアも、その一挙一動を、城から、城下から、神殿から見つめられていた。

「……エレオリアが身体を壊したのが、そのせいでないと誰に言える」

 医師だか医学者だったかである、目の前のこの男なら否定するだろう。エレオリアの病は生まれつきのもので、本来ならば治る病で、周囲は関係ないと。

 幸いエリオローウェンのつぶやきはレオンセルクの耳に届かなかったようで、聞き返されたのにもいや、と返すだけにとどめた。


 エリオローウェンもエレオリアも、逸脱した行動は誰からも求められなかっし、互いが幼いうちは大人しくそれを受け入れた。やがてエレオリアは寝込みがちになって、屋敷から出なくなった。けれど、エリオローウェンはそれに対応するようにして、城を飛び出し、国を飛び出すようになっていった。

 やがて王位を継ぐのだと口々に言う、まわりからの声、視線や、賢王たる父親の器をそれ以上のものにして受け継ぐ重圧に、どうしてまわりは耐えられると思ったのだろう。


「私も、エレオリアも、孤独だった。一人だった」

 孤独なもの同士が、身を寄せ合って、王宮のただ中にいたんだよ、とエリオローウェンは言うが、果たしてレオンセルクに伝わるだろうか。

 暗君であった先帝を恐れ、レオンセルクやそのきょうだいは城を離れてそれぞれで暮らしていた。王宮内の闇など、エリオローウェンの知るほんの一部分しか理解できていないだろう。


 それを羨ましいと思うし、だからこそ、エレオリアが隣に立つに相応しいとも思えた。


「私がかつて救えなかった少女は、私がどんな思いをしていても、屋敷の奥深く、守られ、閉じ込められていた。それでいて、笑いかけてくれた」

 どんなに嫌なことがあって、思うまま城を飛び出して、見たいものを見に行って、それでも国を、エレオリアを見捨てる勇気を持てず。

「戻ってきた私を、エレオリアは笑顔で迎え入れてくれた」


 無条件で、傍らにおいてくれる存在。受け入れてくれる存在。家族ではない、別の、それでいて、暖かい存在。

 エリオローウェンはいつだって、祈りを交えて呟く。エレオリアにどうか、幸いを。

「それは、光で」 




「希望だったんだ」

 エレオリアは、そう言って、シエラに向かって優しく微笑った。

 閉じられた世界にいた自分。その代わりのように、世界を見て歩いて、笑って、自分の元に帰ってきてくれた、エリオローウェン。

 話して聞かせてくれる、その物語は全て色鮮やかに輝いていた。

「エリオはあたしの、世界だったんだ」




 そう、それは、ともすれば愛していたと言えるだろう。欲をともなわない、心の内から求める、何か。

 話しはじめたら止まらなくなったエリオローウェンを、レオンセルクがただただ見つめる。喋りながら思わず、眠るエレオリアにふと触れそうになると、その目に剣呑な色を宿すのが、少し面白く思えた。

「エレオリアは、いつでも清らかで、汚いものなど知らないで、笑って、閉ざされた部屋の奥で、私を待っていてくれた」

 そう、愛していた。大切だった。



「どういう風に」



 その答えは、ずっと前から決まっていた。

 エレオリアも、エリオローウェンも、同じように笑って、それぞれシエラとレオンセルクへと告げる。



『星に、願うように』



『祈りを捧げる、神様のように』




 そんな相手を、将来の相手として。

 そんな次元で、愛せるわけが、なかったのだ。




 きっと、互いに愛せていたなら、エリオローウェンの愛のもと、若くして息を引き取ったであろうエレオリア。

 そうしてやがて、エリオローウェンはエレオリアを忘れないまま、別の誰かと結ばれただろう。


 この物語は、そんな、よくある悲劇ですんだのに。



 エリオローウェンとエレオリアは、互いを失くしてはならない片割れとして大切にしたけれど。

 それ以上には、大切すぎてどうしてもなれなかったのだ。


読んでいただきありがとうございます。

誤字脱字とうございましたらご一報いただけると幸いです。



 二人は、定められた未来に対し、お互いを支えにして立ち向かっていたのでした、という話。

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