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13.少女の日常を欠けさせない為に

 妹夫婦とその子どもたちが、そこに滞在しているとのことだった。

「ずいぶんいるな、子どもが」

 六人兄妹。夫婦仲は良好なのだろう。エレオリアと、いまやシュバリエーン公爵夫人である妹は、伯爵家の人間だ。エレオリアがエリオローウェンに選ばれたのはほとんど偶然と同等だったけれど、妹は違った。当時既に次期公爵の座にあった現公爵に見初められ、それを受け入れた。

 けれどエレオリアの病が発覚して、エリオローウェンとの婚約を破棄するとなった時、妹に婚約の話がいきそうになった。そのため、次期公爵と妹は、それから逃れるようにして結婚したのだった。

 エレオリアは十五の時に婚約を破棄し、対の住処を定め、レオンセルクに出会い。

 妹は、すでに婚約していた次期公爵との結婚を、十三の時にたった一人で決めた。

 それからエレオリアは片田舎へ隠居して以来、外部とのやり取りを断っていた為、妹がどんな風に暮らしていたのかは知らない。

 眠りについてから十四年、いや、外界を遮断した片田舎に住むようになってから数えれば、十八年。それだけの時間を経て、書類の上で、ようやく実の妹の現状を手にしたのだった。

(……ん)

 六人兄妹、とあるが、そのうち一人は養子だった。瞬いて、その娘の項を探し、辿る。

(……黒い髪に、古代紫の瞳)

 オルウィスが持ってきた書類には、分かる範囲ではあるが外見的特徴まで事細かに記されていた。

 元々は神聖王国の西の果て、辺境伯爵領のひとり娘だったらしいが、両親の事故死により孤児になった所へ、親交のあった公爵家が引き取った、ということだった。

「辺境伯爵」

 ぽつりと口にしてみて、違和感を覚える。なんだろう。何が気になっているのか。

 エレオリアは、当時の貴族を国内国外問わず一通り把握していた。当然、果ての権力者、辺境伯爵家も知っていた。

 しかし。

(あそこに、跡継ぎはいなかった……)

 この少女が現在八歳。

 十八年前の時点で既に、跡継ぎのいないことが問題視されていた筈の、辺境伯爵。親類縁者に恵まれておらず、このまま国に領地を返還することになるか、と噂されるまでになっていた。

 なぜかこの少女の本当の両親のことまでは記されていない。辺境伯爵が、軽率に養子をとるとも思えない。そもそも、辺境は要所過ぎて、辺境伯爵の一存では養子を選べなかったという話ではなかったか。

 ただ人の良いあの夫婦のことだ、思わぬ拾いものをしてしまったのかもしれない。しかし、拾った子どもを養子にするまではわかるとしても、爵位までゆずるだろうか。


 考える。不意に襲ってきた眠気をこらえるように、額をおさえながらエレオリアは思考をまわす。


『そうそう、辺境伯爵領にはね、古い森があるんだ』


(……エリオ)

 教えてくれたのは、彼だった。

 剣を振ることに長けるわけでも、特別頭が良いわけでもない。ただ、彼は自由で、外を見て回ることが好きで、それでいて、エレオリアに優しかった。

 エレオリアを置いて、国内を、国外を、思い立つと同時に足が城から離れているような人だった。

 その勢いは、羨ましいと思うどころではない、はやすぎて、ついていけず、呆気にとられるばかりだった。むしろ、戻った時に出ていたのかと知るほどで。

 だからこそエレオリアは閉ざされた屋敷の中で、それでも内に閉じこもることなく、むしろ憧れるようになったのだった。


 ざわりと、思考がまわる。


『その森で、私は女神を見た気がする。ねぇ、リア』


 まわる。


「ウィ、リア」

 呟いた。


『ほんの少女だったけれど、目があって、そしてすぐ、だれか大人の手に連れられ、私の前から姿を消してしまったけれど。あの少女には、女神が降りていたのではないかと思うんだ』



 まだ、エレオリアが十五になる前のことだ。「私は」と続けるエリオローウェンは、どこか遠くを、見ていた。


 あの子にもう一度、あってみたい、と。彼はそう言った。


 今なら、分かる。

 彼はあのとき既に。焦がれる何かを見出して、いたのだ。

 辺境伯爵領、神聖王国王都、そして帝国の片田舎。その三つを繋ぐ、古い森。

 その古い森が広がりいく西の果てには、神聖王国と帝国の二国と、妖精女王国を隔てる、南北に連なった山脈がある。大陸の屋根とも呼ばれる高い高い山脈の、南の端には古王国。

 神聖王国と、女王国と、古王国。大陸で最も古い三王国。

 そこに腰を降ろす山脈と、広がるのは神々の憩いの場と伝えられる古い森。


 神に繋がる何かがあるとは、古くからのたんなる言い伝えだ。

 しかしそれが、真実でないと誰に分かる。


「ウィリアローナ」


 その名、その音、響きの端々に、森にまつわる言い伝えや、奇跡の花を咲かせる賢者を思い出す。

「思い込みか……」

 ただの、結論を先に出しておいてのこじつけに近い。

 このまま見当もつかないよりは、一度引っかかりを覚えたこの少女を、春を呼ぶ女神だと仮定し、レオンセルクに伝え、城に呼びだし、閉じ込めるべきだろうか。

 もしも合っているなら、この国に春が戻ってくる。

 エレオリアは、帰って来るレオンセルクに、おかえりの笑顔を向けられる。



 馬鹿なことをと、もう一人のエレオリアが嘲笑う。

 少女の自由を奪って得た幸福を、誰が笑って受け入れるというのか。



 レオンセルクが帰ってくるまで、あと一日。エレオリアは、自分が起きていられるだろうかと嘲笑う。

 何かを遺さなければとも。

 春を呼ぶかもしれない、辺境伯爵領生まれのウィリアローナのこと。しかし、話を聞けばレオンは様子がおかしいと言う。かろうじて執務をこなしている状態だと。

 そんな中で、ウィリアローナのことだけを告げたらどうなるのだろう。


 帝国皇帝の権力全てを用いて、その娘を捕らえたりしないだろうか。


「レオン」


 春を。


 春を呼んで。



「誰もが幸せになれる、春を」


 贅沢だろうか。

 自分自身が助かればそれで良いのだと、そんな傲慢さがあればよかった。



お待たせしました。


読んでいただきありがとうございます!

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