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11.赤髪の幸福



 ただ、その赤い髪が見覚えなく、鮮やかすぎた。

 掴まれている手は大きく、固い。男性のもの。

 けれど、その固さは何か違う。剣を握った人の固さではない。現に、剣をふってできたであろうマメがこの歳にして今頃できている。十代半ばにしか見えないというのに、このマメは剣を振りはじめた子どもの手だ。

 固いのは手のひらではなく、指、だろうか……。

 その手をじっと見下ろすと、青年はすみません、と呟いて、笑う。人好きのするような、優しい笑い方だ。手を引きかけて、わずかにぎゅ、と力を込める。

 ……実際の性格は、読めない。

「医療学院に多額の出資をしている、侯爵家のじいさんを知ってる?」

 知らない。とシエラは首を振った。

「俺、今、侯爵家で家令のようなことをしてるんだ。たまに剣を教えてもらいに、城の訓練棟を訪れていて」

 父の教えが厳しくて、勉強ばかりしてきた。この国は、学問が盛んな国だから。雪に閉ざされた北方の領地だったので、馬に乗るのも剣を振るうのも場所が無くて。だから、俺は本ばかり読んで、ペンばかり握ってた。

「故郷にも兵士や騎士の訓練所はあったけど、どこもぴりぴりしていたな……」

 だからこの指は、剣のマメよりもペンのタコで固くなったんだよねぇ。独り言のようにぼやきながら、青年はシエラの手を握ったまま、そっと上げていく。青年はシエラと自身の握った手をあげて、額に押し付けて。

 祈るように、目を閉じた。

「……あなたは、誰なの。何をしに後宮へきたの」

 美しい顔で、目を閉じたまま青年は微笑んだ。

「父がうんと小さい頃、家が傾いた。北方の領地、祖父は使える伝手をめいっぱい使って領民を守ろうとしたけれど、重なる寒波で、領地に住まう誰もが命を落としかけていた」

 シエラの問いかけに答えないまま、口を開いて、昔話を語りだす。

「暖かい屋敷の中で、父はずっと外を見ていた。領主様がいるから安心ねと、白い息を吐きだして笑う町の人々を見ていた。その頃の皇帝は北方領地の整備を進めていたけれど、南方から少しずつ順番に行われるその恩恵を受けるまで、俺の領地はもちそうになかった」

 そして、彼は一度目を開いて、目を細める。

「そこに、母さんが生まれた」

 どういう、こと。シエラが瞬く。うん、とうなずくように、青年は、目を閉じる。

「祖父と懇意にしていた首都の商家。何度も援助を申し出ていたのに、頑として受けなかった頑固な祖父に、その商家は生まれたばかりの娘を差し出したんだ。それが、母さん」

 商家の格と信用を上げる為、爵位が身内にどうしても欲しいから、娘を嫁に出させてほしい。そのかわり、いつか生まれる子どもを一人跡継ぎに貰いたい。

 その為に、必要な金を出させてほしい。

「どう考えても、傾いた家を、死にゆく領地を、助ける為の口実だった。実際多額の援助によって領地に住む全ての民が、その年餓えることも凍えることも無かった。そうして、母と父は結ばれて、俺が生まれて、その話を持ち出した所で向こうは何のことかとしらを切るらしい。娘は差し出したけれど、跡継ぎを貰うなんて話はしていない、ってさ」

 知っている人の話。シエラは、今まさに語られているその人のことを知っていた。

「おとぎ話のように、お城で眠るお姫様のことを聞かされた。金の髪のお姫様。皇子様から愛された、美しいお姫様。沢山の家で働いて、点々としてきて、首都に来て、いつか一目見たいと思ってた」

 《エレオリア》の話を、ずっと昔から、聞いて育ってここまできた。

「あなた、まさか」

 青年がそっとシエラから離れて行く。手だけは繋がったまま。ゆったりと、彼は笑った。シエラの唇がふるえる。

「るてぃーか、の」

 でも、まって、と青年の身体を上から下まで走り見る。かつての同僚の息子だとしても、いったい、いつの……。

「皇太子殿下の、一つ下だよ」

 正確には、一歳と半年。

 じわじわとシエラの目が見開かれて行く。うん。と青年はうなずいた。ちょっと困ったように、首を傾げる。

「あなたに促されて、母さんがこの城を出たとき。俺は、そのとき既に、母さんの中にいたんだ」


 あなたに言われるまでもなく、母さんは、あなたにすべてを託して、城をあとにするつもりだったんだよ


「……嘘」

「誤算だったのは、あなたの話を聞いて、姫様から全て聞いていると母が思い込んだことだった、って。結局陛下に何も伝えられないまま、どうも話が違うと気付いたときには、皇帝陛下は心を閉ざし、母からの手紙に何の返事も書けない状態だった」

 知らなかった、とシエラは首を振る。というか、重ねて言うがいつの間に。いや、ルティーカはあの頃十日に一日だけ休暇を貰って旦那様に会うのだと城を離れていたから、考えてみればありえないことではないがしかし。

 あぁ、けれど、エヴァンシークを城で育てた一年が、もっとも優しいぬくもりで城が満ちていたことは覚えている。

「あの子は、元気にしているの……」

「領地から動けないでいるけど、手紙で話す分には楽しそうに暮らしているよ。妹だか弟だかがいるらしいんだけど、俺はあったことないんだ」

 そう、とシエラは小さく返事をする。顔を上げて、青年を見た。視線を受けて、何? と問うその優しさが、ルティーカを思い出させた。

「名前、を」

 教えて。

 俺の? と青年は笑って、シエラから一歩下がり、優雅な貴族の礼をする。


「オルウィス」


 俺の名前は、オルウィスだよ、と。赤髪の彼は笑った。このままずっと侯爵家で働いて、そしていつか、伯爵家を継ぐ身だと、なんの不満もない風に。



 読んでいただきありがとうございます! 誤字脱字などございましたらご一報いただけると幸いですー。



 お待たせいたしました。少し短めですが。赤髪の彼のターン。

 じつは、この一年もしないうちに、彼はエヴァンシークの部下になるのですが。という話。

 というか、そもそも母子の設定ありきで、正直これを投稿するギリギリまで設定変えるかどうしようかで悩んだのでした。エレオリアの世話をした侍女のうちのひとりの息子、くらいの、モブキャラの息子のつもりでルティーカの息子にしたら思いのほかメインに食い込んでしまった、と言う。

 オルウィスの出自が不明すぎたので盛り込もうとしたら、すごく際立ってしまって据わりが悪いですね! どんまい。

 ただ彼、何一つ教えてもらえない立場なので推測するしか無く、エヴァンシークと会う頃には、おとぎ話のお姫様を一目見た、くらいに思っておくしかない気がしました。

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