8.偽りの目覚めと偽りの想い
だって、身替わりだから。
エヴァンシークが正統な後継者だと認めさせる為の。
そのためだけの、身替わりだから。
「エレオリア……?」
青年に灯りをいれさせ、騎士は寝室の扉前で佇む女性に、注意深く声をかけた。びくりと、女性の肩が震える。
華奢な腕で抱きしめた豪奢な剣が、装飾品に当たりがちゃりと音を鳴らした。
「……剣?」
「こ、こないで」
訝しげに、青年が眉をひそめる。女性が振り返り声を上げた。これ見よがしに鞘に入ったままの剣の柄を掴んでみせ、それ以上近づかないでと叫ぶ。
ハッと騎士の表情が険しくなり、穏やかでない声音で詰め寄った。
「あなたは誰です。そんなものを持って、何をするおつもりだ」
「……その奥には、エレオリアが眠っているんじゃないの」
騎士の言葉に続ける青年の声には、既に険が混じっていた。
女性は何も答えない。そうして沈黙が広がる。一拍おかれた間によって、騎士は女性の姿見知っていることに気がついた。
まさか、と騎士が囁く。何を言われるかを察した女性が、力強く首を横に振った。
「……皇妃様ですか?」
示される否定を意に介さず、騎士は問いかけを口にする。ひ、と女性の口から悲鳴が漏れた。何を怯えていらっしゃるのかと、騎士は瞬く。
「私が、皇妃。でも、でも」
「皇妃は、エレオリアのはずでしょ」
青年の疑問に、再び皇妃の肩が跳ねた。だめよ、と首を振る。その仕草の意味を、騎士も青年も分からない。
(どういうことだ、なぜ即座に否定しない)
皇妃として、公の場に姿を現すのは彼女だと、騎士は知っている。城の誰もが、知っている。
ただ、騎士は彼女がエレオリアではないことだけを、知っていた。
その時、寝室の扉がわずかに音を立てて開いた。
「!」
皇妃が振り返る。騎士と青年も咄嗟に身構えた。想像していた位置に扉を開いた主の姿は無く、視線を巡らせると、皇妃よりも遥かに淡い金髪の女性が床に座り込んでいた。まるで、扉を開いた所で力つきたとでも言うように。
「エレオリア様!」
悲鳴まじりに皇妃は剣を投げ出し、座り込んでいる金髪の女性に駆け寄る。騎士も青年も訳が分からないまま、そばに寄った。
「……シエラ」
伸ばされた手に縋るようにして、女性がうつろに呟く。
「あいつは、どこだ……」
「ひめさま、姫様、姫様ごめんなさい私、私が、ルティーカを」
「聞くから。だから、お願いだから、あいつに……」
「失礼します」
床に伏す女性を見ていられなくなった騎士が一声掛け、二人の女性の間に割り込んだ。うつろな女性をひょいと抱え上げ、眉をひそめながら長椅子へと運ぶ。皇妃はおろおろと騎士のすぐ側で姫様、姫様、と呼びかけをやめない。
落ち着いた所で、それで、と青年が眉を寄せて問いかけた。
「皇妃はエレオリアじゃなかったの」
長椅子に横になったままぼんやりとした様子の、《エレオリア》は、それでも不敵な笑みを浮かべ、肩をすくめた。
「《皇妃》という肩書きを、とうとう貰った覚えは無いな」
「私が悪いんです。私が……」
シエラ、とエレオリアが顔を覆い今にも懺悔をはじめそうな皇妃を制す。
「なんとなくわかった。でも、そんな話はあとで良い。あいつは、どこだ」
寂しげな笑みで、エレオリアが肩をすくめる。
「あたしが目覚めた時、必ずいるものだと勝手に思っていたのだけど」
それは。シエラの顔がさらに泣き崩れるようにして、その青の瞳から涙がこぼれた。
金の髪に、青の瞳。線の細い面差し。華奢な身体。
二人の似通った特徴に、思わずこぼれた。
「……影武者に、されていたのか」
騎士の言葉に、いいえとも、そうだとも、シエラは口にしなかった。こぼれる涙を拭いながら、それは、と眉を下げる。
何よりもまず姫君の問いに答えるべく、彼女は口を開いた。
「陛下は、周辺諸国を回っていらっしゃる最中です。お戻りになるのは、四日ほど先になるでしょう」
そうか、とエレオリアは返した。表情は無かったが、残念がっているようだった。
一拍広がった沈黙。そそがれる三対の視線に、シエラはきゅ、と一度唇を噛み締め、微笑んだ。
「陛下には、皇妃が必要だったのです……。いえ、正確には、エヴァンシーク様に。身元の確かな、母を担う誰かが」
偽物でも、姿を遠目からででもあらせられる、誰かが。
「このお部屋に人をお通しするのを、陛下は酷く嫌われて。なので、私が執務室に出入りし、少しでもその姿を人に見せていました」
青の瞳と、深海の瞳が見つめ合う。
「姫様が眠ってしまって、陛下は心を閉ざされました。何も見ない、聞かない、ただ、眠る姫様の側にいて。しばらくして、かろうじて執務は行うようにはなりましたけれど、それでも、心から笑ってくださらなくなりました」
ばかだな、とエレオリアが呟いた。伝えたはずだろう、と困惑を浮かべて。
いいえ、いいえ、とシエラが首を振る。伝わっていないんです。と。
「私が、私が悪いんです」
あぁ、姫様、とシエラはエレオリアに泣きつく。軽率だった私をどうかお許しください、と。吐息とともに、エレオリアは手を伸ばし、シエラの金髪を緩く梳いてやる。一つ年上であったはずのこの女性を、エレオリアはどうしても憎むことはできない。
何があったのか、ある程度予測はついていたとしても。
「シエラ、あなたは」
泣き出しそうに、カタカタと震えるシエラの頭を優しく撫でながら、彼女の懺悔をきいてあげようと自ら口火を切ってやる。
「あなたも、レオンが好きだったんだ。そうだろう」
エレオリアの優しい笑みを見れないまま、シエラはとうとう顔を覆った。
読んでいただきありがとうございます!
最近更新まったりですみませんお待たせいたしました。
エレオリアさんがやっと喋ってくださいました。
今後もよろしくお願いします。




