5.金の髪のあなた
神聖王国は、大陸歴五〇〇年に成立されたと伝わっている。神の国が滅びてから五〇〇年という節目に、神聖王国をはじめとしていくつもの国が成立している時代であったと。
初代国王は、生まれ持った輝きで人々をまとめ、国を作った。国と同時に、息子が生まれたとも伝わる。初代国王の息子も、優れた為政者だったと。そう、あるいは父親である初代国王よりも国を支え、導いたのだと。
その初代国王の息子が生まれた千年後。例えばまったく同じ日に、優れた賢王の息子が生まれたとしたら。
王国に仕える歴史家は色めき立った。
その優れた為政者であった、初代国王の息子は王冠を戴いていなかった。どういう経緯があってか、残念ながら記録は一切残っていない。確証が得られぬだけで、実際は二代目国王だったのだと主張する者もいる。
ならば真実にしてみせようと、物語が作られたのだ。
未来の物語を。
初代国王の息子の名を、エレオラウファン。なぞる歴史の不確かさから、名を少し変え、千年後に生まれた王子の名を、エリオローウェン。
「神聖王国は古くから、歴史をなぞるのが正しいことだと思っているんだ」
それは、歴史ある王国の特権なのだと。
苦い顔で、エリオローウェンは笑う。
「そうして、それに、あの娘も巻き込まれた」
それはエレオリアのことを指していた。
エレオラウファンの奥方は判然とせず、子がいたかさえも定かではない。ならばと、エリオローウェンにはあらかじめ定めることにした。生まれもっての、エリオローウェンの為の花嫁を。
相応しい血脈を、絶えさせぬ為に。
「今はもう神を見ることもおろすこともできぬ者たちが、こうして、王族の人生を踏みにじる。それが罷り通っているのが、神聖王国」
こんなもの、どうにかしなければいけない。
清廉として見えていた。完璧な人格の持ち主と思い込んでいた。しかし、ここでどこか印象が変わる。
レオンセルクの戸惑いに気付いたかのように、エリオローウェンは小さく笑った。
そんな話を、この青年はどこから手に入れたのかと疑問が湧く。
「帝国建国の折に、記録はほとんどが失われたのでは」
「その通り。だから私はエリオローウェンで、エレオラウファンの存在を意識せざるをえなかった」
ふと、過去に思いを馳せていた意識が、浮上する。
室内に響いたノックの音に、レオンセルクはゆっくりとした動作で顔を上げた。エレオリアが眠るすぐ脇、窓の側の椅子の上。
膝を抱えていた腕をほどいて、薄暗い室内に視線を巡らせる。
十年以上も前の、あの日に。レオンセルクの傍らにあるこの窓から、エリオローウェンはやってきたのだ。そしてその傍らの寝台に、変わらずエレオリアは眠っている。
「……」
小さくため息を吐いた。ぎしりと椅子が鳴るのを聞きながら、立ち上がり、部屋を出る。
後宮に相応しいかどうか。レオンセルクと似合いの年頃になる、女が頭を下げて立っていた。
「……なに」
「議会が、陛下をお呼びです」
溜息を漏らす。好きにしていいとあれほどいっているにもかかわらず、彼らはこうしてレオンセルクを呼び出すのをやめない。
言っても仕方が無いと分かっていながら、女に対して目を眇めた。
「そういう伝言、持ってこなくていいって言ってるのに」
「……申し訳ありません」
「前も聞いたけど」
ただ頭を下げるばかりの女に、レオンセルクはぽつりとこぼす。責めている風ではなく、ただ、単純に、不思議なだけという声で。
「君は、そこで何を見ているの」
下げられた顔の下、金の睫毛に縁取られたまぶたが、ふるりと震える。ゆっくりと視線はレオンセルクへと向けられ、半ば伏せている目が、遠慮がちにレオンセルクを見上げた。
「そこで、なにか得られるの」
金の髪は長く、結い上げもせず背に流したまま。後宮の主かのような豪奢な衣裳。
日が落ちている。
室内も廊下も薄暗く、長い睫毛の影になって色の見えない瞳は、迷うように揺れていた。興味は無く、レオンセルクはすぐに女から視線をそらす。
レオンセルクは、彼女の名前を知らない。かつて知っていたことがあったとしても、もう、覚えていない。
ただ、エレオリアの侍女のうち、ロードロスがたった一人、城に留めおいた女だという事以外は。
「そこに座るのは、気分がいいかい」
顔を向けないままの問いかけに、女は答えなかった。
返事は期待していない。ただ、問いを重ねる。
「その座は、君に何をもたらしたの」
「……なにも」
女の返事はか細く、かろうじてききとれるほどの声量でしかなかった。しかし聞き取った返答に、レオンセルクは息を吐く。以前問いかけたときも、まったく同じ答えだった。
「十年以上も、こんな所で」
久しく働いていなかった、想像力、誰かを思いやる気持ちに、懐かしささえこみ上げる。
「人生を、棒に振っているとは思わ」
「本望、です」
レオンセルクの言葉を遮るようにして、女はそう口にした。深く深く頭を下げて。
後宮の薄暗い廊下に、ただレオンセルクを前にして膝をつく。
「わたくしは、たとえ形だけであったとしても、エレオリア様の身替わりであったとしても、この国の、皇妃を勤めることができて、本望です」
金の髪。
彼女の瞳の色は、知らなかった。
読んでいただきありがとうございます!
少しどきどきしながら。
エリオローウェンと出会った年と、ユリィと出会った年は、15年くらい差があります。分かりにくくてすみません……。前も言ったかもしれないこの注意書き。
「愛していると、あの人は確かに言った」




