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3.賢王の息子、よくできた王太子、特別なたったひとり。


『君が、彼女を幸せにしてくれたの』


 銀の髪を揺らしてそう問いかけてきた彼は、優しそうに笑ったのだった。






 ユリィと出会って数日。城に戻ったレオンセルクは、たまっていた書類を黙々と処理していた。

「妖精女王国?」

「この大陸における、歴史ある国のうちの一つですよ」

 聞き覚えのない国の名前が書類に浮上し、思わず呟いた途端、偶然傍らにいたロードロスが呆れた声を出した。

 大陸の北はずいぶん帝国が飲み込んだから、帝国よりは南に位置する国だろう、としか推測が着かない。

 それにしても、と肩をすくめる。

「妖精女王、なんて、ずいぶんな通り名だね。古い国は二つ名に困らない。ニルヴァニアは神聖王国。フィルポリアは古王国。こうして並べてみても、異色じゃないの、『妖精女王』だなんて」

 その女王とやら、さぞかし美人なんだろうねぇ? そのうち竜王国だなんて出てきそうだ、とレオンセルクが冗談まじりに呟けば、ロードロスがそっと目をそらした。思わず瞬いて、眉間にしわを寄せる。

「……あるの?」

「史実上ですが」

 呆れた。

 この世界は、思ったよりもファンタジーだったのかもしれない。

「僕はあまり、信じるたちじゃないんだけどなぁ……」


 かつてこの世界には神々がいたという。


 時が経つごとに、一人また一人と天へ返っていたのだと。


 それらについて深く考えたくはなかった。

 伝説を認めるのなら、それは、この世界に神はいないと認めるのと同じだった。


 どうかしている。

 神に縋るつもりもないのに、そのことを頼りなく思う自分など。




 ロードロスが言うには、妖精女王国というのは神聖王国の鉱山を挟んだ西隣に位置する、大陸西の海沿いの小国だそうだ。閉鎖的な国で、神聖王国同様鉱山から出る鉱石や、その細工物で貿易を行い、財を成している。海沿いということも強みの一つであり、海産物などを用いて、内地の神聖王国とは細々と国交が続いているようだった。かつては今よりも神秘性が強く、妖精が住まうなどと噂がたち、そのときの名残で妖精女王国などという二つ名が残っている。今では単に女王国、と呼ぶことの方が多い。

 どちらも、建国から千年近い歴史があるらしい。帝国は、建国から三百年ほどしかないため、その格は雲泥の差と言えた。

 二国の歴史について、「らしい」と言うのは、どちらもその歴史が他国まで明らかにされていないからだ。

 女王国は先に触れたように閉鎖的であったし、神聖王国について言えば、内乱が長く続き、その歴史書のほとんどをその戦争の果てに建国した帝国が、奪い去ってしまったからである。

(王国の中で生まれて、首都を奪って、城を奪って、土地を奪って、冬を背負ってなお、大陸の北を制覇した、大帝国)

 成り立ちからして、褒められたものではない帝国は、そのためか歴史を重視しない。民に広く知らしめない。

 この国がいつできて、どのような軌跡を歩んだかなど、それらについて研究するごく一部の人間しか、意識もしないことである。


「レオンセルク陛下、何を考えていらっしゃるのです」

 低い声に、書類から目を上げる。まだそこにいたの、ロードロス? と瞬けば、ロードロスは口元を引きつらせた。

 その書類、と示されたのは、たった今までレオンセルクが視線を落としていた一枚だ。

「女王国の姫君が、この国と約定を交わしたいと仰せです」

「……約定?」

 ずいぶんと幼稚な言い回しをよこしたものだった。レオンセルクが小さく笑えば、笑い事ではありません、とロードロスの叱責が飛ぶ。

 皇帝に対して、よくもそのような口をきけるものだなぁとさらに肩を震わせれば、陛下、とさらに苦言が飛ばされた。

「全てまかすよ」

 笑みを持って告げたその一言に、ロードロスの反応が途切れた。

 ぐるりと首をまわして、机上の書類をくるりとロードロスへと差し出す。思ったよりもぎこちなかった手つきに、思わずじっと自分の手を見つめた。

「……味方に付けられるならそれにこしたことは無い」

 しかし、とロードロスは書類を受け取ることを拒む。だめ押しのように、レオンセルクは付け足した。

「おごれる帝国の足下をすくう気なら、踏みつぶしても構わないよ」

 その軽口に、ロードロスは深いため息を返すのみだった。




「……同盟を組むなら、神聖王国とが良い」

 部屋に戻り、窓際の椅子に腰をおろしてから、言葉がふと口をついて出た。まわりに聞くものはおらず、なんとなしに膝を抱える。端から見て情けなく見えることは分かっているが、誰も見ていないならと考えない。

 後宮の奥深くで、足を運ぶものなどいないのだから。


 女王国、古王国、神聖王国。この三つが、古くから神性を纏う大陸随一と謳われる王国。

 古王国には既にレオンセルクの姉妹の誰かが嫁いでいたと記憶しているから、新たに同盟を結ぶとなれば、神聖王国か女王国のどちらかになるのだが。

(あの人がかつていた神聖王国なら、親しくできる気がする)

 建国の折の不仲など、飛び越えて。




 彼と出会ったのは、十年以上前のことだ。

 エレオリアが言葉を発さなくなり、エヴァンシークを片田舎へと追いやって、公務以外の何に対しても、特にレオンセルクが興味を示さなかった頃。

 ただ、エレオリアの寝室に足を運んで、窓際の椅子に腰をおろし、外を眺めることだけの、日々。

 室内に入ると、窓からの侵入者と目が合った。

「……」

「……」

 少女と見違えるほど繊細な顔立ち。けれどその体つきは年頃の男子そのもので、レオンセルクと目が合うや否や、その長い睫毛をそっと伏せて視線をそらした。

「まっず」

 物腰にまったく似合わない粗暴なその一言を呟いて。取り繕うように、青年は笑顔を浮かべ、寝台のほうをちらりと見―——。


 揺れる銀髪に、海のような深い青の瞳。それと同じ瞳を、レオンセルクは知っていた。だから、侵入者を見つけたのに、誰も呼ぶことができなかった。

 青年は、そっと室内に降り立ち、何気ない動作で寝台に近寄る。レオンセルクが声をかける暇もなかった。そっと寝台に手をついて、そして、手を伸ばす。

 そうして、問いかけた。


「君が、彼女を幸せにしてくれたの」


 銀髪の青年は、レオンセルクの方を見ること無く問いかけた。



 寝台で眠る、エレオリアの頬に触れて、そう。




 読んでいただきありがとうございます!


 異常なほど美化されてちょくちょく話題に上っているあの人のターンです。


 帝国の歴史に関しては、特に民に隠しているわけも無いですが、ことさら学校教育に取り入れていない、という話。でも伝わっているのは多分、帝国がいかに王国の支配から逃れて独立したか、というようなおもむきの建国譚でしょう。

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