第2章 凶星
初めて通された謁見室は、豪奢だった。
金糸で縁取られたカーテン。磨き込まれた大理石の床。壁には歴代王の肖像が並び、その目が一様にリュシアを見下ろしていた。宮内府の官僚が三名、そして——ロゼリア侯爵本人が、部屋の奥に座っていた。
リュシアは一瞬、足が止まりそうになった。
ロゼリア侯爵は宮廷内で動いていると聞いてはいたが、まさか本人が同席するとは思っていなかった。五十代半ばの、がっしりとした体格の男だ。目が細く、笑っているのか何かを値踏みしているのか、表情からはわからない。
「占星術士のアストレア嬢か」
侯爵が口を開いた。リュシアより五十センチは高い目線から、まるで商品を確かめるように。
「はい。リュシア・アストレアと申します」
「ずいぶん若いな。本当に占えるのか?」
隣に座った宮内府の官僚が、小さく咳払いをした。たしなめているのか、同意しているのか、それもわからなかった。
「精一杯努めます」
リュシアは答えて、持参した道具を広げ始めた。星図、天球の暦、そしてロゼリア令嬢の生年月日——事前に取り寄せておいたものだ。
星盤を組む。
はじめは良い兆しが視えた。
(良かった……え?)
内心、ほっとした。しかし、他の星の動きを詠むと、リュシアは眉を寄せた。
隠の宮にクロノスが鎮座していた。クロノスは試練と制限を司る星。隠の宮は秘められた敵、見えない障壁を意味する。さらに——リュシアは計算を続けた——争いと断絶の星が並ぶ。
三つの凶兆が、きれいに重なっていた。
リュシアは計算を続けながら、胸の中で嫌な感覚が広がるのを感じた。
凶が、出た。
心の中で声がした——本当に凶なのか。自分の読み間違いではないか。最近は外れることも多い。今回もそうかもしれない。ここで凶と言えば、侯爵の心証を損ねる。宮廷内での卜部の立場は、ただでさえ弱い。
しかし。
リュシアは一度だけ、目を閉じた。
星が【凶】と告げている。
目を開け、顔を上げた。
「この婚姻には、暗い影が差しております」
室内が静まり返った。
「凶兆が並びました。縁談そのものを阻む力が働く相が出ております。時期を改めるか、別の候補者をお考えになること進言いたします」
静寂は、三秒ほど続いた。
それからロゼリア侯爵が、ゆっくりと立ち上がった。
「……それが、占星術士の見解か」
声は穏やかだった。穏やかすぎて、リュシアの背筋に冷たいものが走った。
「はい」
「わかった」
侯爵は短く言い、宮内府の官僚に何かを耳打ちして、そのまま部屋を出ていった。
リュシアは道具を片付けながら、手が微かに震えているのに気づいた。
震えているのは怖いからではない——と思いたかった。しかし正直なところ、半分は怖かった。
そしてもう半分は、別の感覚だった。
今の占い、本当に正しかったのか。
あの星の配置を、自分は正確に読んだか。
星図台に向かうたびに湧き上がる、この疑念。
リュシアは道具箱を抱え、誰もいなくなった謁見室をひとりで歩いて出た。




