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「次の行商に、僕も同行させてもらえませんか?」
その夜。ユリシスは早速ヘルにそう切り出した。
マリエールは夕食のシチューをつかえさせそうになり、すんでのところで飲み下す。
ユリシスはとても行動力のある男の子だ。
驚きと尊敬を抱きつつ、整ったその横顔を見つめる。
「おまえを?」
四人掛けの食卓、真正面に座ったヘルは片眉をひそめた。マリエールは緊張を高めながら、ヘルがふたたび口を開くのを待つ。流れによっては、助け舟を出さなくてはと気負っていた。
背筋を凛と正したまま、ユリシスが言う。
「はい。この辺りに僕を知る人はいないようなので、ヘルさんの行商に、僕も同行させてもらえないかと」
「…………そうだな」
ヘルは同意するようにひとつうなずいた。
「実は、俺もそうしようかと思っていた」
「じゃあ」
「ただ、かなりきつい道も通るし、それなりに体力もいる。……おまえ、ずいぶんと細身だけど大丈夫か?」
言われたユリシスは、珍しいことに、わずかに気分を害したようだった。ぴくりと動いた眉に、マリエールは少なからず動揺する。
ユリシスも怒ったりするのね。
当たり前のことのはずなのに、出会ってから数日、彼はいつも穏やかだったから、意外に感じてしまう。
ユリシスの声色は、心なしか低くなっていた。
「大丈夫です。そんなにヤワじゃありません」
「高熱出して倒れてたのに?」
「あれは……状況が状況でしたから」
まごついたユリシスに、ヘルはもう一度うなずいた。
「そうだな。準備を万全にしておけば問題ないか」
独り言のように呟いたあと、真っ直ぐにユリシスに顔を向ける。
「いいよ、いっしょに行こう。荷物持ちがいると、俺も楽だし」
息を詰めて会話を見守っていたマリエールは、その一言に、ほっと胸をなで下ろす。
よかった。
自然と緩んだ顔でユリシスを見やれば、彼も柔らかな笑顔を向けてくれていた。マリエールは、揚々とふたりに胸を張る。
「留守は任せてください。薬草の管理も、いつもの通りにしておきますから」
「うん。よろしく」
「ああ、そっか」
「え?」
ユリシスがぽつりとこぼす。
「……マリエールは行かないのか」
マリエールは一瞬目を丸くする。
ヘルは食事を再開しながら言った。
「本当に危ない道が多いんだ。だからマリエールは留守番」
それはいつものことだったから、慣れっこだったのだけれど。
「大丈夫? ひとりで……」
ユリシスがあんまり心配そうにこちらを見てくるものだから、マリエールはなんだか気恥ずかしくなってしまった。照れを隠すように、あたたかなシチューをかき混ぜる。
「平気よ。お客さんの相手だっていつもひとりだし」
「……そっか。そうだよね」
ユリシスは言って、自分も食事をとり始めた。やっぱり彼は、やさしい男の子だなと、思った。
「ーーそれじゃあ行ってくるね」
「はい、お気をつけて」
それから二週間後の明け方。ヘルは約束通り、ユリシスを伴い行商に出た。
詰められるだけの薬を詰め込んだ革の荷袋はぱんぱんで、それを背負ったユリシスはほんの少しよろめいていた。
大丈夫かしら。
マリエールははらはらしながらふたりの旅立ちを見送る。ヘルがついているから問題はないだろうとは思いつつ、けれど心配せずにはいられなかった。
早くふたりが、無事に戻ってきてくれますように。
腹部の前で握り合わせた両手に力を込め、祈る。
太陽がのぼり始め、ヘルとユリシスの後ろ姿も見えなくなる。
そろそろ、日課の水やりしなければならない時間になっていた。




