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恋に宿る  作者: koma
【一章】
9/16

9

 *


「次の行商に、僕も同行させてもらえませんか?」


 その夜。ユリシスは早速ヘルにそう切り出した。

 マリエールは夕食のシチューをつかえさせそうになり、すんでのところで飲み下す。


 ユリシスはとても行動力のある男の子だ。

 驚きと尊敬を抱きつつ、整ったその横顔を見つめる。


「おまえを?」


 四人掛けの食卓、真正面に座ったヘルは片眉をひそめた。マリエールは緊張を高めながら、ヘルがふたたび口を開くのを待つ。流れによっては、助け舟を出さなくてはと気負っていた。


 背筋を凛と正したまま、ユリシスが言う。


「はい。この辺りに僕を知る人はいないようなので、ヘルさんの行商に、僕も同行させてもらえないかと」

「…………そうだな」


 ヘルは同意するようにひとつうなずいた。


「実は、俺もそうしようかと思っていた」

「じゃあ」

「ただ、かなりきつい道も通るし、それなりに体力もいる。……おまえ、ずいぶんと細身だけど大丈夫か?」


 言われたユリシスは、珍しいことに、わずかに気分を害したようだった。ぴくりと動いた眉に、マリエールは少なからず動揺する。

 ユリシスも怒ったりするのね。

 当たり前のことのはずなのに、出会ってから数日、彼はいつも穏やかだったから、意外に感じてしまう。


 ユリシスの声色は、心なしか低くなっていた。


「大丈夫です。そんなにヤワじゃありません」

「高熱出して倒れてたのに?」

「あれは……状況が状況でしたから」


 まごついたユリシスに、ヘルはもう一度うなずいた。


「そうだな。準備を万全にしておけば問題ないか」


 独り言のように呟いたあと、真っ直ぐにユリシスに顔を向ける。


「いいよ、いっしょに行こう。荷物持ちがいると、俺も楽だし」


 息を詰めて会話を見守っていたマリエールは、その一言に、ほっと胸をなで下ろす。


 よかった。


 自然と緩んだ顔でユリシスを見やれば、彼も柔らかな笑顔を向けてくれていた。マリエールは、揚々とふたりに胸を張る。


「留守は任せてください。薬草の管理も、いつもの通りにしておきますから」

「うん。よろしく」

「ああ、そっか」

「え?」


 ユリシスがぽつりとこぼす。


「……マリエールは行かないのか」


 マリエールは一瞬目を丸くする。

 ヘルは食事を再開しながら言った。


「本当に危ない道が多いんだ。だからマリエールは留守番」


 それはいつものことだったから、慣れっこだったのだけれど。


「大丈夫? ひとりで……」


 ユリシスがあんまり心配そうにこちらを見てくるものだから、マリエールはなんだか気恥ずかしくなってしまった。照れを隠すように、あたたかなシチューをかき混ぜる。


「平気よ。お客さんの相手だっていつもひとりだし」

「……そっか。そうだよね」


 ユリシスは言って、自分も食事をとり始めた。やっぱり彼は、やさしい男の子だなと、思った。





「ーーそれじゃあ行ってくるね」

「はい、お気をつけて」


 それから二週間後の明け方。ヘルは約束通り、ユリシスを伴い行商に出た。

 詰められるだけの薬を詰め込んだ革の荷袋はぱんぱんで、それを背負ったユリシスはほんの少しよろめいていた。

 大丈夫かしら。

 マリエールははらはらしながらふたりの旅立ちを見送る。ヘルがついているから問題はないだろうとは思いつつ、けれど心配せずにはいられなかった。


 早くふたりが、無事に戻ってきてくれますように。


 腹部の前で握り合わせた両手に力を込め、祈る。

 太陽がのぼり始め、ヘルとユリシスの後ろ姿も見えなくなる。

 そろそろ、日課の水やりしなければならない時間になっていた。 


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