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恋に宿る  作者: koma
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5

 * * *


 どこからかやってきた不思議な男の子、ユリシスは、たちまち村の人気者になった。



 彼を保護してから数日。マリエールは今日も、ユリシスが村の女の子に囲まれているのを見かけ、思わず立ち止まる。

 薬草を採りに行った帰りのことだった。


「ねえ、森の向こうに素敵な湖があるの。いっしょに行かない?」

「クッキーもあるの」

「どうかしら」


 小鳥のようにさえずる彼女たちに、ユリシスは笑顔を返していた。


「うん、ありがとう。でも、今日はこれからヘルさんの手伝いがあるから」

「まあそんなの。マリエールに任せておけばいいのよ」

「そうよ、あの子は働くのが大好きなんだから」

「そうそう。それにマリエールは、ほんとうは村の子じゃないのだし……」


 声をひそめて言った女の子――村長の娘ティティの一言に、マリエールは動揺した。手にしていた薬草入れの籠を、胸の中でぎゅっと抱きしめる。


 ヘルに拾われて二年。

 確かにマリエールはこの村の出身ではないけれど、なんとか村に溶け込もうと、努力してきたつもりだった。

 挨拶はかかさず行い、祭事にも参加し、収穫時期は率先して手伝いを申し出た。その甲斐あってか、村の人々はみんな、仲良くしてくれていた。挨拶は返してもらえるし、薬を届けると感謝もされる。

 でも、その笑顔がいつもどこかぎこちないことを、マリエールはうっすらと感じていた。

 どこの生まれともわからないマリエールは、村人に心から受け入れられてはいないのだ。


 ティティにもそう思われていた事実をはっきりと自覚させられ、狼狽える。

 次に彼女と会ったとき、普通に話すことができるだろうか。

 知らず足は、逃げるように家へと駆け出していた。




「ただいま戻りました」

「おかえり。ありがとう」


 食卓机で書き物をしていたヘルが顔を上げる。薬の注文票を整理しているようだった。


 マリエールは覗き込んで言う。


「またいっぱい届きましたね」

「うん。しばらく休めないな」


 言いながらヘルは、ゆっくりとコーヒーを啜った。

 肩まである銀色の髪は、今日は一つに結ばれている。今朝、マリエールが梳かしてまとめたものだ。


 マリエールはキッチンへと入り、採ってきたばかりの薬草を作業台へ並べる。

 と、不意にヘルが言った。


「何かあった?」


 驚き顔をあげたマリエールを、ヘルが穏やかな瞳で見つめていた。

 どうしてわかってしまうのだろう。

 マリエールは、すぐに顔に出てしまう自分の性分を苦く思った。もっと上手く、ヘルに心配をかけずに生きたい。


「いつものことです。〝よそから来た子〟だって」


 なんてことはないふうに言って笑う。

 別に、意地悪をされているわけでも、仲間ハズレにされているわけでもない。だから取り立てて気にすることはないのだ。マリエールは、何度もしてきたように、そう自分に言い聞かせる。


「〝よそから〟か……俺も言われてるんだろうな」


 独り言のように呟いたヘルは、けれどマリエールを見つめたままだ。

 彼なりの励ましだと悟って、マリエールはほんとうに笑う。やさしい人だ。


 ――ヘルは元々、王都で薬師として働いていたそうなのだけれど、人間関係に嫌気がさし、ついに数年前、この村に引っ越してきたのだそうだ。以来、細々とできる範囲で働いている。しかし今もときおり、彼を訪ねて昔の関係者がやってくることがあった。それは立派な騎士さまだったり、高貴な雰囲気のする女性だったりで、ヘルの過去が気にならないと言えば嘘になるほどの顔ぶれだった。


「ヘルさんは言われてませんよ。尊敬はされてるでしょうけど」

「それこそないよ」


 顔を歪めたヘルに、マリエールはまた笑顔を返す。

 だんだんと、元気がもどってきていた。



 マリエールには、何もなかった。

 親も、家も、小さな頃の思い出も。

 けれど『運』だけはいいのだと自信を持っていた。何せ、街の片隅で花売りをしていたところを、偶然通りかかったヘルに見つけられ、その花が珍しい薬草だったことから、話しかけてもらえたのだから。


『ちょうど人手がほしかったんだ。うちに来る?』


 寒い寒い空の下。マリエールは、銀色の髪をした背の高い青年――ヘルを神さまのように感じた。この話をすると、ヘルはとても嫌がるけれど、マリエールにとっては何より大切な思い出だった。



 ――そのうちきっと、ほんとうの住人になれるはず。

 マリエールはそう信じ、ともかくは目の前の仕事を一生懸命にしようと、新鮮な薬草を種類ごとに選り分けていく。


 そこへ、軽やかな声がかかった。


「ただいま、ヘルさん。マリエール」


 同じよそもの仲間の、ユリシスだ。







お付き合いくださりありがとうございます。

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