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* * *
どこからかやってきた不思議な男の子、ユリシスは、たちまち村の人気者になった。
彼を保護してから数日。マリエールは今日も、ユリシスが村の女の子に囲まれているのを見かけ、思わず立ち止まる。
薬草を採りに行った帰りのことだった。
「ねえ、森の向こうに素敵な湖があるの。いっしょに行かない?」
「クッキーもあるの」
「どうかしら」
小鳥のようにさえずる彼女たちに、ユリシスは笑顔を返していた。
「うん、ありがとう。でも、今日はこれからヘルさんの手伝いがあるから」
「まあそんなの。マリエールに任せておけばいいのよ」
「そうよ、あの子は働くのが大好きなんだから」
「そうそう。それにマリエールは、ほんとうは村の子じゃないのだし……」
声をひそめて言った女の子――村長の娘ティティの一言に、マリエールは動揺した。手にしていた薬草入れの籠を、胸の中でぎゅっと抱きしめる。
ヘルに拾われて二年。
確かにマリエールはこの村の出身ではないけれど、なんとか村に溶け込もうと、努力してきたつもりだった。
挨拶はかかさず行い、祭事にも参加し、収穫時期は率先して手伝いを申し出た。その甲斐あってか、村の人々はみんな、仲良くしてくれていた。挨拶は返してもらえるし、薬を届けると感謝もされる。
でも、その笑顔がいつもどこかぎこちないことを、マリエールはうっすらと感じていた。
どこの生まれともわからないマリエールは、村人に心から受け入れられてはいないのだ。
ティティにもそう思われていた事実をはっきりと自覚させられ、狼狽える。
次に彼女と会ったとき、普通に話すことができるだろうか。
知らず足は、逃げるように家へと駆け出していた。
「ただいま戻りました」
「おかえり。ありがとう」
食卓机で書き物をしていたヘルが顔を上げる。薬の注文票を整理しているようだった。
マリエールは覗き込んで言う。
「またいっぱい届きましたね」
「うん。しばらく休めないな」
言いながらヘルは、ゆっくりとコーヒーを啜った。
肩まである銀色の髪は、今日は一つに結ばれている。今朝、マリエールが梳かしてまとめたものだ。
マリエールはキッチンへと入り、採ってきたばかりの薬草を作業台へ並べる。
と、不意にヘルが言った。
「何かあった?」
驚き顔をあげたマリエールを、ヘルが穏やかな瞳で見つめていた。
どうしてわかってしまうのだろう。
マリエールは、すぐに顔に出てしまう自分の性分を苦く思った。もっと上手く、ヘルに心配をかけずに生きたい。
「いつものことです。〝よそから来た子〟だって」
なんてことはないふうに言って笑う。
別に、意地悪をされているわけでも、仲間ハズレにされているわけでもない。だから取り立てて気にすることはないのだ。マリエールは、何度もしてきたように、そう自分に言い聞かせる。
「〝よそから〟か……俺も言われてるんだろうな」
独り言のように呟いたヘルは、けれどマリエールを見つめたままだ。
彼なりの励ましだと悟って、マリエールはほんとうに笑う。やさしい人だ。
――ヘルは元々、王都で薬師として働いていたそうなのだけれど、人間関係に嫌気がさし、ついに数年前、この村に引っ越してきたのだそうだ。以来、細々とできる範囲で働いている。しかし今もときおり、彼を訪ねて昔の関係者がやってくることがあった。それは立派な騎士さまだったり、高貴な雰囲気のする女性だったりで、ヘルの過去が気にならないと言えば嘘になるほどの顔ぶれだった。
「ヘルさんは言われてませんよ。尊敬はされてるでしょうけど」
「それこそないよ」
顔を歪めたヘルに、マリエールはまた笑顔を返す。
だんだんと、元気がもどってきていた。
マリエールには、何もなかった。
親も、家も、小さな頃の思い出も。
けれど『運』だけはいいのだと自信を持っていた。何せ、街の片隅で花売りをしていたところを、偶然通りかかったヘルに見つけられ、その花が珍しい薬草だったことから、話しかけてもらえたのだから。
『ちょうど人手がほしかったんだ。うちに来る?』
寒い寒い空の下。マリエールは、銀色の髪をした背の高い青年――ヘルを神さまのように感じた。この話をすると、ヘルはとても嫌がるけれど、マリエールにとっては何より大切な思い出だった。
――そのうちきっと、ほんとうの住人になれるはず。
マリエールはそう信じ、ともかくは目の前の仕事を一生懸命にしようと、新鮮な薬草を種類ごとに選り分けていく。
そこへ、軽やかな声がかかった。
「ただいま、ヘルさん。マリエール」
同じよそもの仲間の、ユリシスだ。
お付き合いくださりありがとうございます。