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恋に宿る  作者: koma
【二章】
20/23

 ***


 嘘、そんなこと、あるはずがない――。

 マリエールは目の前に立った王子を前に、言葉を失っていた。



 王都で広まり始めている謎の高熱病。

 その対処のため、マリエールはエリオと共に城へ上がることとなった、のだが。


「こちらです」


 城の文官に連れられ、堅牢な石造りの門を潜り抜け、そうして通されたのは、瀟洒に飾られた一室だった。


「どうぞ」


 促され、エリオとともに入室する。


 中では、集められた医師らがすでに話し合いをはじめていて――――

 そこで対面した王子、アルノルトを見て、マリエールは思わず声をあげそうになったのだった。


(嘘……)

 

 艶やかな夜色の髪、灰藍色の凛とした瞳、彫刻のように整った顔立ち。

 王子は、六年前に突如村からいなくなった少年――ユリシスと瓜二つだった。

 声は、記憶のそれよりも低く重みを増しており、身長も同じ目線だったものが見上げるほどに伸びていたけれど、あのままユリシスが村にいたら、きっとこんなふうに成長していただろうと、そう思わせるような容貌をしていた。


「……アルノルトだ。よろしく頼む」


 王子の発した低い声に、マリエールは意識を現実へと引き戻す。


「……はい」


 不敬を働いてしまうところだった。

 動揺を隠して頭を下げ、エリオの元に足早に戻る。

 片手を胸にあて、速まる鼓動を必死に押さえつけていた。

 ――そうよ、ちがう。そんなことあるはずない。ユリシスが生きていて、その正体が王子さまだったなんて。

 夢物語のような妄想を振り払い、仕事へと気持ちを切り替える。

 よく考えれば、黒い髪も藍色の瞳も、特別珍しいものではない。

 いつも心のどこかでユリシスを探していた。だからそっくりなアルノルトを見て、頭がそう勘違いしてしまったんだろう。


 そう結論づけると、ようやく心は鎮まり始めてくれた。

 マリエールは小さく安堵する。


「マリエール、どうかした?」


 と、背を屈めたエリオに、耳元で囁かれる。いつもとマリエールの様子が違うことに気づいてくれたのだろう。

 マリエールはかすかに顔を左右に振る。


「なんでもない。緊張してるだけ。――でも、ほんとうに素敵な方ね」

「ああ、だろ」


 そっとアルノルトに目を向ければ、エリオも同意するように目線を動かした。

 アルノルトは、他に集められた医師たちとも挨拶を交わしていた。その精悍な横顔もユリシスとよく似ていると思ってしまう。


「失礼、エリオ殿。話を進めたいのだが」

「はい」


 侍医のひとり、白髭を蓄えた男性に呼ばれ、患者の容体を事細かに説明された。マリエールはエリオが手渡された診療録を貸してもらい、自分でも読み込む。

 続く咳、発熱、効かないニナの薬。

 症状だけをみれば、ノクティアで起こった病と酷似している。が、全く同じではないのだろう。人間の成長と同じく、病も生き残るため、世に適応できるよう形を変えるというのは、ありうる話だった。


「とにかく、患者さんを診てみないと」

「だな」


 言ったマリエールに、エリオも短く頷く。

 しかし大勢で押しかけるわけにはいかない。

 話し合いの結果、代表のエリオと他の医師数名が、優先すべき患者――ルシアンを見舞うことになった。その許可を得るため、エリオたちがアルノルトに歩み寄る。


「殿下」


 瞬間、こちらを向いたアルノルトと一瞬目があい、マリエールは咄嗟に頭を下げる。


 エリオが前に出た。


「なんだ」

「ルシアンさまとお会いさせていただきたいのですが」

「……ああ、構わない」


 ルシアンは、アルノルトの兄だ。交易都市ノクティアの領主でもあるのだが、王都に滞在中、運悪く病を発症してしまったらしい。現在、該当の患者数は三桁にも及んでいるが、まずは王族を見ろとルシアンの母親が圧をかけたため、ルシアン王子から診ることになっていた。


「案内します」


 医務官の男が言って、エリオたちを扉の向こうへといざなう。

 その間、残されたマリエールたちは、他の患者を見舞うことになった。


 重症度に合わせ、それぞれが振り分けられる中、マリエールを見とめた侍医のひとり――白髭を蓄えた老齢の男が、面倒そうに眉を寄せた。


「ああ、あんたはいい。部屋で休んでいなさい」

「え」


 どうして、と尋ねようとすると、医師はやれやれとため息をこぼした。眉間に寄った皺、おざなりな話し方、隠そうともしない嫌悪。その顔は今までも何度か向けられた覚えがあって、とたん、マリエールは足先がスッと冷えていく感覚を味わった。()()だ。

 医師は言う。


「あんた、どうせあの若造の情婦か何かなんだろう。全く、こんな所までついてきて……。いいかい、こちらは仕事をしているんだ。邪魔だけはしないでくれ」


 あまりの言われように、マリエールはつい口を開いていた。


「……お言葉ですが、私も薬師の端くれです。邪魔なんて」

「じゃあ端くれさん。あんたに何ができるというんです」


 半笑いを返され、きゅっと唇を噛み締める。


 いつも()()だった。若さと立場の弱さで、マリエールは軽んじられる。実績がないと首を横に振られ、けれどその実績を作ろうともがいても、機会すら与えてもらえない。

 診療録に掴む手が、震えそうになる。

 ――ほんとうはあの薬は、私が考案したものなのに。

 ――エリオも、そう話してくれたのに。

 喉の奥まで出かかった言葉を、必死に飲み込む。どうしても功績がほしいわけじゃない。ただ、この目を向けられるのだけは、慣れなかった。

 マリエールは挫けそうになる心を叱咤し、深呼吸する。

 ここで感情的になってはダメだ。さらに馬鹿にされ、無視をされる。


 マリエールは冷静に、目の前に立つ医師を見つめ返した。


「できることはあります。私は薬学院も出ていますし、エリオさんの助手として、半年以上働いた経験もありますから」

「は、たったの半年」

「ええ。あなたさまからすれば、一瞬と同じかもしれません。ですが私には知識もあります。手も足も動かせます。体力があることが自慢です。遊び半分で参ったのではないと、証明させてください」


 年端もいかぬ娘に、口答えされたと感じたのだろう。医師は苦虫を噛み潰したかのような顔をして、マリエールをさらに睨みつけた。


「ああはいわかりました。だったら、早く患者のところへ行きなさい。ただしね、少しも治らなかったら、わしがあんたを城から叩き出します。よく覚えていなさい、覚えていられるならね」


 人差し指をマリエールの鼻先に突きつけ、医師は、吐き捨てるように言った。

 マリエールと医師に、残った者たちの視線が集中する。

 ――きっとこの医師は、フェゴールでも高位にいる男なのだろう。マリエールはその男の反感を買ってしまった。エリオにも迷惑がかかるかもしれない。

 けれど言った言葉に後悔はなかった。薬師として全力を尽くすのは当たり前のことだったし、エリオもわかってくれると確信していたからだ。それに最悪は、マリエールひとりが城を去ればいいだけの話なのだ。


「わかりました。誠心誠意努めさせていただきます」

「ふん、好きにしろ」


 医師が荒く鼻を鳴らす。その、直後だった。


「話は終わったか」


 静謐な声がして、マリエールは気配に顔をあげる。と、王子アルノルトの灰藍色の瞳と目があった。見られていた。そう驚く間もなく、淡々と話しかけられる。

 

「きみには、私の腹心を診てもらいたい。熱が下がらないんだ、衰弱している」


 そこにいることはわかっていたが、まさか直接声をかけられるとは思いもしなかった。

 マリエールは、そっと頭を下げる。


「かしこまりました」

「こちらだ、ついて来い」

「はい」


 歩き出したアルノルトを追う。

 と、部屋を出る直前、扉に手をかけたアルノルトが、ふと背後を振り向いた。


「――それから、グラディウス」

「は、は!」


 名を呼ばれた先ほどの医師――グラディウスは、さっと姿勢を正した。

 アルノルトは低い声を投げかける。


「下らない話は止めて、おまえもすぐに持ち場に戻れ。この娘の経歴がそこまで気になるなら、エリオの身辺を探れば済むことだろう。二度と無駄口を叩くな」

「……申し訳、ございません」


 深く頭を下げたグラディウス医師の声は、か細く震えていた。

 マリエールはまるで自分も咎められたような気持ちになって、小さく息を呑む。

 アルノルトは、エリオの言っていた通り、規律や振る舞いにとても厳しい人なのだろう。

 自分も、彼の逆鱗に触れないよう気をつけなくては。


 そう身構えるマリエールの肩に、ほんのわずか、アルノルトの片手が添えられた。驚いて顔をあげれば、彼の視線は足元に注がれていた。


「そこに段がある。気をつけて」

「は、はい」


 アルノルトが扉を押さえている間に、マリエールは広い廊下へと出た。手は離される。


「ありがとうございます」

「いや……」


 礼を言って顔を上げると、どうしてかアルノルトは立ち止まり、マリエールを見下ろしてきた。

 なんだろう。髪でも乱れているだろうか。

 不安になったマリエールが口を開こうとした、瞬間。


「……エリオ・フィガーとは、同僚か?」

「え?」


 すぐには、何を言われたのか分からなかった。けれどすぐに王子の質問を理解し、当然だと頷く。


「ええ、もちろんです。それ以上の関係はありません。殿下にお誓いいたします」

「……そうか」

 

 答えると、すっと目を逸らされた。


「すまない。不躾なことを聞いた」

「いえ、よく勘違いされるので。信じていただけてありがたいです」


 歩き出したアルノルトの隣につく。いつの間にか背後には、王子の護衛だろう騎士が、二名ついてきていた。アルノルトは、前を向いたまま広く長い廊下を歩み続ける。


「不快な思いをしただろうが、ほんとうに、なすすべなくて。グラディウスのことは気にせず、力を貸してもらえるとありがたい」

「はい、尽力いたします」


 まだ少し怖い。けれど、厳しいばかりの人ではないのかもしれない。

 マリエールは思いながら、アルノルトの腹心――ウベロが休んでいる部屋に足を踏み入れた。


 

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