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恋に宿る  作者: koma
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「お探ししました、殿下」

「……ウベロ」


 掠れた声が漏れる。

 ユリシスは、にわかには信じ難い思いで目の前に立つ男を見つめた。浅黒い肌、太い眉、赤みがかった癖のある長髪。記憶よりこけた頬には髪色に似た(ひげ)が生え、薄汚れた衣服も相まって一見、浮浪者のように見えた。

 しかし間違いようもない、彼はユリシスの従者だった。

 懐かしい金色の瞳は城にいた頃と変わらず、射抜くように鋭い。ユリシスを支え、叱咤し庇護してきた忠臣の眼差しだ。


「ご無事のようで、何よりです」


 ウベロは感極まったように瞳を潤ませ、しかしすぐに顔つきを騎士へと戻した。腕を掴まれる。ユリシスはあの日――自城を追い立てられた夜を思い出していた。自分は、いつもこうだ。歯噛みする間もなく、ウベロに囁きかけられる。


「すぐに出ましょう。委細は後ほど」

「……わかった」


 ふたりに別れを告げる暇がないことは、ウベロの表情からすぐに察した。だがせめて。身を翻したユリシスは短い殴り書きを残し、その上にありったけのフェゴール硬貨を重しのように置いた。靴と上着を手に取り、流れるようにウベロの元へ戻る。後ろ髪を引かれていた。


「お早く。こちらです」


 急かされ、ユリシスはウベロに(いざな)われるまま暗い森へとひた走った。

 暗がりの奥に、一頭の馬が繋がれていた。息を切らしながらユリシスはウベロを振り仰ぐ。


「こいつで、城に戻るのか」

「いえ、先に協力者の元へ参ります」

「協力者?」

「はい。もう一度かき集めておきました。皆殿下のお戻りをお待ちしております」


 息を整えつつ、ユリシスは小さな拳を握りしめる。


「……シャルマも――」


 名に、ウベロの顔がこわばる。


「――無事なのか」


 シャルマ・テペ。もうひとりのユリシスの側近であり、近衛騎士団随一の腕をもつ男。そしてその身を以て、ユリシスを城から逃がしてくれた忠臣。

 あの状況で、生存は絶望的だったろう。だが、ユリシスは彼の運命を知り、受け止めなければならない。生かされた自分にはその責務があった。

 

 しかしウベロはユリシスの思いも至らない事実を口にする。かたい声は憤りと失望を含んでいた。


「シャルマは、寝返りました。今はフィオリア様の騎士となっています――いえ、この言い方は正しくありませんね」


 嫌な予感。胸の奥に泥が入ってくるような、息苦しさがユリシスを襲う。

 ユリシスの絶望を感じ取ったのだろう。顔を歪ませつつ――ウベロはそれでも、真実を語ってくれた。


「シャルマは数年前から、フィオリア様と関係があったようです」


 ユリシスは目眩を覚え、唇を震わせた。

 彼も裏切り者だったのか。

  

 ――村での和やかなひと時が、急速に霞み去っていく。


 元々自分がいた世界。背信と保身、打算と陰謀。それらが渦巻く場所に、ユリシスはこれから、戻るのだ。


「……殿下。いかがいたしますか」


 急いでいるはずのウベロが、ふと片膝をついてユリシスと目線を合わせてきた。

 ユリシスは苦渋でいっぱいの心でウベロを見つめる。

 この男もいつか自分を裏切るのだろうか? いや、あるいはもう――。


()()()()()様」


 強く名を呼ばれ、はっとする。ユリシスは自分が迷っていること、逃げ出したがっていることに気がつき、青ざめた。ウベロはそんなユリシスを責めるでも丸め込むのでもなく、ただ、本心を尋ねてきた。


「貴方は今、フェゴールで亡くなったものとされています。もし望まれるのであれば、このまま、あの村で、あの者たちと平穏にお過ごしいただくことも可能でしょう。全てを忘れて」


 月の明かりさえ届かない森の中。ユリシスはウベロの金色の瞳を覗き続けた。


「…………おまえ、どこまで知ってるんだ」

「ご容赦を。夕刻、亜麻色の髪の娘と話されているところをようやく発見し、お迎えにあがりました」


 マリエールとの会話を、聞いていたのか。


 ぐらりと心が揺らぐ。

 しかしそれは、ほんの数秒のことだった。

 ――『アルノルト』は、そっと微笑う。


「馬鹿を言うな。そんなボロボロになってまで探してくれたおまえを置いて、どこに行けると言うんだ」


 ウベロが眉間に深い皺を寄せる。そうして深く、額が地につくほど深く頭を下げた。


「どうか、善き王に」




 そうしてその夜。

 ユリシスと名乗っていた少年は、とある小さな村から姿を消した。


 翌朝。彼を保護していた薬師の青年が、少年の残した書き置きと数枚の硬貨を見つける。

 共に暮らしていた少女マリエールは突然のことに「どうして」「どうして」と泣きじゃくる。森や湖や井戸や、少年との思い出のある場所を駈け、探し回る。村長の娘にも頼み込んだ。しかしどこを探しても少年はいない。困り顔の薬師に「きっと大丈夫だ」と毎夜諭され、マリエールはようやっと、悲しみを飲み込み、事実を受け入れた。


『今までありがとう。全てを思い出したので帰ります。どうかお元気で。――ユリシス』


 マリエールは、その短い手紙を何度も何度も読み返し、半年をかけて心に別れを刻んだ。そもそも彼は唐突にやってきたのだ。だからまた、唐突に会えるかもしれない。


 


「マリエール、朝飯にしよう」

「はい」


 そうしてマリエールは、ヘルとのいつもの日常に戻る。

 ユリシスとも約束した――いつか、立派な薬師になることを目指して。


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