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恋に宿る  作者: koma
【一章】
11/16

11

『あの子が来てから不作が続いた。こんなことは今までなかった』


 ティティの祖母は、ことあるごとにそう口にした。

 ねっとりとした恨みを含んだ声色で。


 それでだろう。

 村の大人たちはしだいに、『あの子』をどこか遠巻きに見始めた。


 村唯一の薬師が連れてきた少女――マリエールは、ひどく痩せていて、顔も土気色で、ティティは初めて会ったとき、お化けを見たような気持ちになった。

 口にはせずとも、みんな思っていた。あの子には何か、良くないものが憑いているんじゃないかと。


 その年の不作と天候不良は、ただでさえ裕福ではないこの村に重くのしかかった。

 不安は、翌年になっても消えなかった。

 また日照りが続いたら。

 さらに実りが減ったら。

 その日も両親は、沈んだ声で同じ話を繰り返していた。


 だからティティは、ちょっとした()()()のつもりで、マリエールに無茶な注文をした。ヘルの不在を承知で、祖母の薬をせがんだのだ。

 あれは、作るのに少し特別な薬草が要るのだと知っていて。


 いつだって良い子ぶるマリエールの、困る顔が見られたらそれでよかった。

 自分たちと同じように少しだけ苦しめばいいと思った。

 きっとそれで、胸のつかえはおりるはずだった。

 

 けれどあの子は言ったのだ。

 『なんとかする』なんて。

 それが無性にティティの神経を逆撫でした。

 

 ティティは家に帰ってからも落ち着かなかった。

 胸の奥のざわめきはしだいに憎しみへと変わり、苛立ちが募っていく。


「失敗しちゃえばいいのよ」


 ぽつりと呟いてから、夕食を平らげ、何事もなかったようにベッドに潜り込む。


 結局その翌日も、翌々日になっても、マリエールが祖母の薬を持って来ることはなかった。

 精製に失敗したのか。

 それとも、材料が見つからなかったのか。

 どちらにせよ、大口を叩いた手前、顔が出せないのに違いなかった。


 ――いい気味だわ。


 その日の午後。

 ティティは勝ち誇った気分でマリエールの様子を見にいこうと思った。


 その矢先だった。


「マリエールを知りませんか」


 行商から帰ってきたばかりだろうヘルが、珍しく血相を変えてティティの家を訪ねてきた。

 息を切らしている上、いつも綺麗な銀髪が心なしか乱れている。


「いえ、うちには。――ティティ知らない? マリエールがいないそうなのよ」

「……知らないわ」


 玄関口でヘルと話していた母に不意に振り向かれ、ティティは咄嗟に嘘をついた。 

 まずいと思った。

 ほんとうのことを話さないと。

 ヒヤリとしたものが背筋を走る。


 でも、自分のせいだと決まったわけではない。

 どこかに出かけているだけなのかも。

 でも、もし違ったら?

 ぐるぐると言い訳が頭をめぐる。


「そうですか……失礼しました」


 ヘルは一秒でも惜しいと言うようにティティの家を後にした。


「大丈夫かしら」


 母が心配そうに、ヘルの走り去った方角を見やる。


 ――失敗しちゃえばいいのよ


 ティティは確かにそう願った。

 けれど違うのだ。

 マリエールに怪我をさせたいとか、いなくなってほしいとか、そんなことは思ってなかったのだ。

 決して。

 ほんとうに。



 *


 行商から帰ったユリシスとヘルは、すぐに室内の違和感に気づいた。

 物音ひとつせず、「おかえりなさい」と返ってくるはずの朗らかな声もなかったからだ。

 

 広くはない家を見てまわり、マリエールの姿がないことを確信したふたりは、急いで村中を訪ねた。

 けれどマリエールを知るものはいなかった。



 家に戻ったユリシスは、乱れた前髪をかき上げ汗を拭う。


「どこに行ったんでしょう」

「……森に入ったのかもしれない」

「え」


 暗い声で言ったヘルが、マリエールの読みかけの教本をめくる。


「ここに書付がある」


 ――あの森に。


 先ほど通ってきたばかりの過酷な道のりを思い出し、ユリシスは息を呑んだ。


 部屋に荒らされた様子はなく、物盗りの線は薄そうだ。――もともと、この僻地の村に金目のものなどありそうにも見えないのだが。


 ユリシスは、ヘルの開いているページを隣から覗き込んだ。


「薬草でも採りに行ったんでしょうか?」

「わからない。急ぎの依頼があったのかもしれない」


 けれど村人はみな、マリエールを知らないと言った。

 ならば村外の人間が来たのだろうか。

 眉をひそめたユリシスから離れ、ヘルは水筒の水を入れ替え出した。


「森を見てくる。おまえは家で待っててくれ」

「わかりました」


 そううなずいた瞬間だった。

 戸口に、小さな影が立つ。


「マリエール……!?」


 思わず駆け寄ったユリシスは、けれどすぐに落胆した。ティティだったからだ。

 顔面を蒼白にしたティティは、今にも泣き出しそうな顔でユリシスを見上げている。


「何、どうしたの?」


 思わず苛立った口調で尋ねてしまう。ティティは堪えきれないと言うように口を開いた。


「マリエールがいなくなったの、わたしのせいかもしれないの」

「どういうことだ」


 大股で歩み寄ってきたヘルが、ユリシスの肩に手を置き引き下がらせる。大きな影を前に、ティティはますます身をこわばらせた。


「お……おばあさまの薬を、作ってもらおうとしたの。こぼしてしまって」

「それはいつ?」

「……っ」

「いつ?」


 淡々と繰り返される質問に、ティティはとうとう涙をあふれさせた。


「おとといの午前よ。それから、見てない」


 ヘルの眉間に皺が寄る。

 ユリシスは唇をかたく引き結んだ。


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