11
『あの子が来てから不作が続いた。こんなことは今までなかった』
ティティの祖母は、ことあるごとにそう口にした。
ねっとりとした恨みを含んだ声色で。
それでだろう。
村の大人たちはしだいに、『あの子』をどこか遠巻きに見始めた。
村唯一の薬師が連れてきた少女――マリエールは、ひどく痩せていて、顔も土気色で、ティティは初めて会ったとき、お化けを見たような気持ちになった。
口にはせずとも、みんな思っていた。あの子には何か、良くないものが憑いているんじゃないかと。
その年の不作と天候不良は、ただでさえ裕福ではないこの村に重くのしかかった。
不安は、翌年になっても消えなかった。
また日照りが続いたら。
さらに実りが減ったら。
その日も両親は、沈んだ声で同じ話を繰り返していた。
だからティティは、ちょっとした仕返しのつもりで、マリエールに無茶な注文をした。ヘルの不在を承知で、祖母の薬をせがんだのだ。
あれは、作るのに少し特別な薬草が要るのだと知っていて。
いつだって良い子ぶるマリエールの、困る顔が見られたらそれでよかった。
自分たちと同じように少しだけ苦しめばいいと思った。
きっとそれで、胸のつかえはおりるはずだった。
けれどあの子は言ったのだ。
『なんとかする』なんて。
それが無性にティティの神経を逆撫でした。
ティティは家に帰ってからも落ち着かなかった。
胸の奥のざわめきはしだいに憎しみへと変わり、苛立ちが募っていく。
「失敗しちゃえばいいのよ」
ぽつりと呟いてから、夕食を平らげ、何事もなかったようにベッドに潜り込む。
結局その翌日も、翌々日になっても、マリエールが祖母の薬を持って来ることはなかった。
精製に失敗したのか。
それとも、材料が見つからなかったのか。
どちらにせよ、大口を叩いた手前、顔が出せないのに違いなかった。
――いい気味だわ。
その日の午後。
ティティは勝ち誇った気分でマリエールの様子を見にいこうと思った。
その矢先だった。
「マリエールを知りませんか」
行商から帰ってきたばかりだろうヘルが、珍しく血相を変えてティティの家を訪ねてきた。
息を切らしている上、いつも綺麗な銀髪が心なしか乱れている。
「いえ、うちには。――ティティ知らない? マリエールがいないそうなのよ」
「……知らないわ」
玄関口でヘルと話していた母に不意に振り向かれ、ティティは咄嗟に嘘をついた。
まずいと思った。
ほんとうのことを話さないと。
ヒヤリとしたものが背筋を走る。
でも、自分のせいだと決まったわけではない。
どこかに出かけているだけなのかも。
でも、もし違ったら?
ぐるぐると言い訳が頭をめぐる。
「そうですか……失礼しました」
ヘルは一秒でも惜しいと言うようにティティの家を後にした。
「大丈夫かしら」
母が心配そうに、ヘルの走り去った方角を見やる。
――失敗しちゃえばいいのよ
ティティは確かにそう願った。
けれど違うのだ。
マリエールに怪我をさせたいとか、いなくなってほしいとか、そんなことは思ってなかったのだ。
決して。
ほんとうに。
*
行商から帰ったユリシスとヘルは、すぐに室内の違和感に気づいた。
物音ひとつせず、「おかえりなさい」と返ってくるはずの朗らかな声もなかったからだ。
広くはない家を見てまわり、マリエールの姿がないことを確信したふたりは、急いで村中を訪ねた。
けれどマリエールを知るものはいなかった。
家に戻ったユリシスは、乱れた前髪をかき上げ汗を拭う。
「どこに行ったんでしょう」
「……森に入ったのかもしれない」
「え」
暗い声で言ったヘルが、マリエールの読みかけの教本をめくる。
「ここに書付がある」
――あの森に。
先ほど通ってきたばかりの過酷な道のりを思い出し、ユリシスは息を呑んだ。
部屋に荒らされた様子はなく、物盗りの線は薄そうだ。――もともと、この僻地の村に金目のものなどありそうにも見えないのだが。
ユリシスは、ヘルの開いているページを隣から覗き込んだ。
「薬草でも採りに行ったんでしょうか?」
「わからない。急ぎの依頼があったのかもしれない」
けれど村人はみな、マリエールを知らないと言った。
ならば村外の人間が来たのだろうか。
眉をひそめたユリシスから離れ、ヘルは水筒の水を入れ替え出した。
「森を見てくる。おまえは家で待っててくれ」
「わかりました」
そううなずいた瞬間だった。
戸口に、小さな影が立つ。
「マリエール……!?」
思わず駆け寄ったユリシスは、けれどすぐに落胆した。ティティだったからだ。
顔面を蒼白にしたティティは、今にも泣き出しそうな顔でユリシスを見上げている。
「何、どうしたの?」
思わず苛立った口調で尋ねてしまう。ティティは堪えきれないと言うように口を開いた。
「マリエールがいなくなったの、わたしのせいかもしれないの」
「どういうことだ」
大股で歩み寄ってきたヘルが、ユリシスの肩に手を置き引き下がらせる。大きな影を前に、ティティはますます身をこわばらせた。
「お……おばあさまの薬を、作ってもらおうとしたの。こぼしてしまって」
「それはいつ?」
「……っ」
「いつ?」
淡々と繰り返される質問に、ティティはとうとう涙をあふれさせた。
「おとといの午前よ。それから、見てない」
ヘルの眉間に皺が寄る。
ユリシスは唇をかたく引き結んだ。




