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焔月の試し斬り

街外れの草地に立ち、俺は腰の《焔月》を見下ろしていた。


イフリートの角から生まれたばかりの一振り。


だが、まだ本当に使いこなせるのかはわからない。




「……確かめておく必要がある」




イフリート戦で現れたあの謎の力。


時間が遅れ、自分だけが加速する感覚。


あれが一体どんなものなのか――今のうちに試しておかなければならない。


次にあんな化け物が現れたとき、何も知らなければ死ぬのは間違いなく俺だ。



俺はギルドから借りてきた鉄の剣を握りしめ、目の前の大岩に向き合った。


「まずは普通に、だな」




大きく振り下ろす。




ガキィンッ!




甲高い音とともに、刃は弾かれ、岩に浅い傷を刻んだだけ。


剣は早くも刃こぼれだらけになっていた。




「やっぱり、こんなもんか」




息を整え、目を閉じる。


あのときの感覚を思い出す――世界が軋み、鈍色に染まった瞬間を。




(……来い)




視界が濁り、風の流れすら重くなる。鳥の羽ばたきがスローモーションのように見えた。




「――ッ!」




踏み込み、鉄の剣を振り抜く。




ズバァァンッ!




大岩が斜めに裂け、砂煙を上げて崩れ落ちた。


刃はボロボロになっていたが、それでも確かに岩を両断していた。




「……やっぱり、そういうことか」




俺は膝をつき、息を荒げながら呟いた。




「衝撃の大きさは運動エネルギーに比例する。運動エネルギーは質量×速度の二乗÷2……同じ重さでも、速さが倍になれば威力は四倍になる。三倍なら九倍……十倍なら百倍だ」




高校の物理の授業が頭をよぎる。


(先生、今ここにいたら腰抜かすだろうな……)




「俺の力は“時間遅延”。世界が遅れることで、相対的に俺だけが速くなる。つまり――俺の一撃は、ただ速いだけじゃない。速度がそのまま破壊力に変わるんだ」




背筋が震える。


だが同時に、筋肉が悲鳴を上げている。


時間を遅らせても、負担は現実に残るのだ。


俺自身は普通に動いてるつもりでも空気抵抗とかは元のままなので、体にはダメージがあるんだろう。


つまりは実際にその速度で動けるだけの身体能力がなきゃダメってことだよな。


「……制御できなきゃ、自滅するだけだな」



腰の《焔月》に手をやる。


鞘の中で赤黒い刃文が脈打ち、まるで「俺を試せ」と囁いているようだ。




「よし……次はお前の番だ」




抜刀。




ヒュンッ――!




赤黒い刃が光を反射し、軌跡に赤い残光を残す。




ズシャアッ……!




巨岩は真っ二つに裂け、断面は鏡のように滑らかだった。


時間遅延すら使わず、ただ振っただけで“岩斬り”をやってのけたのだ。




「……すげぇな」




焔月が淡く赤い光を帯び、炎のように揺らめく。




「じゃあ……この時間遅延と合わせたらどうなるか」




意識を集中させる。


視界が軋み、色が剥がれ、音が遠のく。




(行くぞ!)




踏み込みと同時に焔月を振り抜いた。




ゴォォォォンッ!!!




轟音とともに、斬撃は岩を断つだけに留まらず、地面ごと一直線に抉った。


砂煙が爆発のように吹き上がり、広場に深い溝が残る。




「はぁ……はぁっ……!」




全身が悲鳴を上げる。だが、その威力は間違いなく本物だった。




「これが……焔月と、この力の真価か」




「ひ、ひぃぃぃッ!!!」




情けない悲鳴が聞こえた。振り返ると、森の茂みから二人の駆け出し冒険者が飛び出してきた。




「い、岩が……爆発した!?」「あの人が……岩を真っ二つに……!」




「ちょっ、待て! これは訓練だ! 訓練!」




「訓練で岩を爆破するかぁぁぁ!!!」




二人は土煙を上げながら街へ猛ダッシュ。




「……やっべ」




頭を抱える俺。


数時間後には街中で噂が尾ひれ付きで広まっていた。




「聞いたか? 街外れで岩を両断したらしい」


「いや、地面ごと吹き飛ばしたんだと」


「山を割ったって話もあるぞ!」




……もう収拾がつかねぇ。



ギルドに戻ると、全員の視線が一斉に突き刺さった。


カウンターに近づくと、受付嬢が組んでいた腕をほどき、にこりと微笑んだ。


だが、その笑みはどう見ても氷点下だ。




「ケイタさん。訓練は、人目のないところでお願いしますね?」




「す、すみません……」




机に置いた鉄の剣を見た瞬間、彼女の眉がぴくりと跳ねた。


刃はボロボロ、刃先は曲がり、もはや鉄屑同然。




「…………」




「…………」




重い沈黙。俺は思わずごくりと唾を飲む。




「……ケイタさん」


「は、はい」


「これ……誰が弁償するんでしょうか?」




「い、いやその……俺じゃなくて、岩が悪いというか……」




「岩に謝ってください」




「……はい」




「あとですね、貸し出し品は“なるべく原形を保ったまま”返却していただく決まりなんですが」




「え、えっと……これでも、原形は……」




「どこがですか?」




受付嬢がにっこりと笑顔を深めた瞬間、背筋に冷たいものが走った。




「えぇと……刀身の、この辺とか……」


「欠けてますね」


「柄の部分は……」


「砂煙と火花で真っ黒ですね」


「鞘は……」


「無傷ですけど、中身が死んでますよね?」




「……すみませんでしたぁぁ!!!」




俺はカウンターに頭をこすりつけ、周囲の冒険者たちから大爆笑が起こった。


「ほら見ろ! 岩斬りの英雄(笑)、受付嬢に正座だ!」


「ママに怒られてる子供かよ!」




耳まで真っ赤になりながら、俺は心の底から決意した。




(もう焔月以外は絶対に握らねぇ……!)


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